■ 熊野古道 九十九王子

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◆ 出立王子(でだちおうじ)  和歌山県田辺市上の山二丁目


熊野への新たな出立

出立王子跡

 熊野古道「紀伊路(きいじ)」、芳養王子と秋津王子の間に出立王子はありました。

 建仁元年(1201年)の藤原定家の『後鳥羽院熊野御幸記』には、10月12日の記事には以下のようにあります(現代語訳てつ)。

〔肝衣便を送るの事〕次にハヤ王子に参る。御幸入御の間に、先陣して出立王子に参る。
また先陣して田辺御宿を見て〔この浜で御塩コリ、御所で御祓いがあるとのこと〕私の宿所に入る〔宿所は権別当が上よりこれを設けたとか。甚だ広く、切部には似ない〕。御所は美麗にして、河に臨み、深い渕がある〔田辺河とのこと〕。
昨夜、寒風が枕を吹き、咳病が忽ちに発し、心神甚だ苦しむ。この宿所はまたもって荒々しい。
また塩コリを昨日今日の間に一度しなさいと先達が命じていたので、今日やはりこの事を遂げる。

 出立王子の鎮座地は特定できませんが、龍泉寺のすぐそばの田辺第三小学校に向かう坂道の途中に小祠が祀られています。出立王子前方の浜では潮垢離が行われました。

 解説板より。

史跡 出立王子跡 由来

 元、若一王子社とも云う。紀伊続風土記に若一王子社村の氏神なり、御幸記に出立王子とあるのは当社なり、古は拝殿、回廊等ありとも天正の兵乱に悉く破損せしも後復興すると伝え云う。崇峻天皇元年御勧請なりと月読尊を祭祀し、出立王子と称し、明治6年5月、出立神社と改め村社に列せんが、同40年2月1日、八立稲神社に合祀せられて廃社となり、今は「出立神社跡」の1基の石碑を残すにすぎず。
 かかる由緒ある所なれば、永く保存すべきと認む依って、大正14年7月17日、和歌山県文化財に指定、引き続き、昭和33年4月1日再指定を受く。

 田辺王子ともいわれ、平安時代後期の貴族、藤原宗忠(ふじわらのむねただ)の日記『中右記(ちゅうゆうき)』に「田之部(たのべ)に行き王子社に奉幣」とあり、鎌倉時代の貴族、藤原頼資(ふじわらのすけのり)の『修明門院熊野御幸記』には「田部王子に参る」にあります。

 これまで海岸筋の道でしたが、出立王子より山中の道である中辺路に入ります。熊野への新たな出立という意味合いで出立王子と呼んだのだと思われます。

 (てつ)

2010.8.23 UP

 ◆ 参考文献

くまの文庫4『熊野中辺路 古道と王子社』熊野中辺路刊行会
西口勇『くまの九十九王子をゆく〈第1部〉紀路編―京都から田辺まで』 燃焼社

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