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◆ 花の窟神社(はなのいわやじんじゃ)  三重県熊野市有馬町上地130  口有馬村:紀伊続風土記(現代語訳)


イザナミの墓所と伝わる岩壁

花の窟 熊野速玉大社がある熊野川河口付近。その近くにかかる橋を通り、対岸に渡ると、もうそこは三重県です。
 海岸に沿って走る国道42号線を北上。熊野市に入ってから間もなく国道の左手に巨岩が見えます。
 それが「花の窟」。花の窟神社の御神体で、高さ70mに及ぶ岩壁です。
 『日本書紀』には「一書に曰く」として次のようなことが書かれています。

 イザナミは、火の神カグツチノカミを生むときに、陰部に大火傷を負って死んでしまう。その遺体は紀伊国の熊野の有馬村に葬られる。村人は、この神の魂を祭るのに、花のときは花をもって祭り、鼓・笛・幡旗をもって歌ったり舞ったりして祭る。

 多くの神々を生んだイザナミは、最後に火の神カグツチを生み落とし、陰部を焼かれて死んでしまいますが、そのイザナミを葬った場所がこの花の窟だとされています。
 また、花の窟神社には、イザナミの墓とともに、妻の死に逆上したイザナギに生後間もなく斬り殺されたカグツチの墓もあります。

神社になったのは明治時代

 『日本書紀』にイザナミの墓所として記される「花の窟」ですが、平安時代中期の全国の主要な神社を列記した『延喜式神名帳』(これに記載された神社を式内社と呼びます)には記載されていません。
 それは、おそらく花の窟が、神社ではなく、墓所として認識されていたからなのでしょう。
 また、実際に神社になったのも遅く、じつは明治に入ってからのことです。

 ついでながら、熊野三山で式内社なのは本宮新宮。本宮は熊野坐神社として、新宮は熊野速玉神社として『延喜式』神名帳に記載されていますが、那智は記載されていません。やはり那智も平安中期には神社ではなく、行場として認識されていたのでしょう。

社殿のない神社

 花の窟が神社になったのは明治期ですが、かつての熊野の自然崇拝の有り様を現在に伝えている場所のひとつだということができます。

 花の窟には社殿がありません。
 明治に神社合祀が行われる以前の熊野では、社殿がなく岩や老樹大木を祀っている神社も珍しくはなかったのですが、現在では合祀のためにその多くが失われてしまいました。  熊野の無社殿神社

花の窟

 海が近いので、岩に波の音が反響します。ちょっと不思議な感じがします。

花を飾り、舞を捧げるお綱掛け神事

 花の窟神社では、現在でも『日本書紀』にあるような、花を飾り、舞を捧げる「お綱掛け神事」という神事が毎年2月2日と10月2日に行われます。

花の窟

 季節の花、扇を結んだ幟をとりつけた百数十mもの長い綱が、氏子たちの手により大岩の上から国道を越え七里御浜まで引かれ張りわたされます。そして舞などが捧げられます。

お綱かけ神事

 花の窟神社春季大祭(お綱かけ神事)200720102011
 花の窟神社秋季大祭(お綱かけ神事)2002

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 花の窟のお近くにお住まいで、お綱掛け神事で舞を捧げたことのある女性の方からメールをいただきましたので、ご紹介いたします。

 花の窟のお綱掛け神事では、4人の舞姫がイザナミやカグツチに舞いを捧げますが、私も10歳のときに学校を早退して踊りに行きました。
 10月の神事に向けて夏休みから、朝の9時から正午まで練習しました。
 舞う為の条件は小学4年生と決められていて、舞姫は全員で6人いました。
 髪が長くないといけないので、短かった私は一生懸命伸ばしました(ただ待つだけ)。
 当日では髪をできるだけ高いところで結い、付け毛をして舞いました。
 踊りは花の窟と産田神社の二回舞います。

 とのことです。

 産田神社はイザナミが火の神カグツチを産んで亡くなった場所とされます。

花の窟近辺の名所

 同じ方から、花の窟情報の他に花の窟近辺の名所についてのメールもいただいているので、そちらもご紹介いたします。

 熊野市の花の窟神社の近くに、人の顔の形をした岩があります。
 花の窟から歩いて10分ほどの場所です。
 人面岩は、観光などには全く利用されておらず、案内板もありませんが、国道42号線沿いの海岸(七里美浜)向きに、車で走っていても、一目でわかります。
 巨大な人の顔が海に向かっています(つまり横顔)。
 ちょっと前まで、顔の中にも入れたのですが、最近では危険なので立ち入れないようになってます。

 また、道路の拡大の為削岩され、最終的に跡形も無くなくなってしまいましたが、中の岩(別名タンタンガマ)と呼ばれた岩が昔あって、その岩のなかには縦割りの洞窟があり、そこに罪人を放り込んで生殺しの状態にしていたそうです。
 中の岩がなくなってしまったために人面岩の話と中の岩の罪人を放り込んだ話とがごっちゃになっていて、ここらの住人に聞いても、人面岩のことを「中の岩」と呼び、その岩のなかに罪人を放り込んだという話になっています(私は父にそう教えられた)。そのため、現在では、一般的に人面岩のことを「中の岩」と呼びます。

 また、近くには獅子岩という、獅子の形をした巨大な岩もあり、夕日が、吼えているように大きく開けた口と重なった瞬間が素晴らしいです。
 あと、熊野市で有名な場所は、「松本峠」、「盾ヶ崎」、「鬼ヶ城」、「七里御浜」などです。

 地元の方ならではの情報、ありがとうございます。m(_ _)m

 ◆ 参考文献

宇治谷孟『日本書紀(上)全現代語訳』講談社学術文庫
別冊太陽『熊野 異界への旅』平凡社

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アクセス:JR熊野市駅から徒歩15分
駐車場:無料駐車場あり
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花の窟神社公式サイト

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(てつ)

2002.10.6 UP
2013.7.21 更新

 

 


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