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◆ 竜神山、龍神山(りゅうぜんさん)  和歌山県田辺市上秋津  上秋津村:紀伊続風土記(現代語訳) 東山村:紀伊続風土記(現代語訳)


竜神鎮まる聖なる山

 和歌山県田辺市の市街地近くにある標高496mの山。
 山頂へのルートは幾通りかあるようですが、表参道登山口からか佐向谷(さこだに)登山口から登るのが一般的です。どちらのルートも山頂の辺り(表示が見当たらないのでどこが山頂というのがわからないのですが)まで約1時間。
 登山口までは道幅の狭い農道を通りますのでお車の運転にはご注意ください。登山道は整備されていて迷うことなく歩けると思います。

龍神宮

 山頂付近には龍神宮(りゅうぜんぐう)という神社があり、鳥居前の辺りは眺めがよく、田辺市街が一望の下に見渡せます。

竜神山からの眺め

龍神宮

 鳥居近くにある石碑。指圧マッサージの先生がここを熱心に信仰されていたようです。

龍神宮

 龍神宮の社殿の前には樹齢400年といわれるご神木のウバメガシ。樹高13m、幹周4.51m、胸高長径1.81m、胸高短径1.43m。枝張り東西10.3m、南北27m。枝の一部を支柱で支えています。こんなに大きなウバメガシは珍しい。和歌山県の天然記念物に指定されています。

山頂部にある神池

 龍神宮の社殿の前、ウバメガシの近くには池があります。

竜神山神池

 このような山頂部に池があるというのは不思議です。

竜神山清泉

 きれいな水が湧き出ています。

 子供が頭に腫れ物や吹き出物ができると竜神宮に願をかけると治るといわれました。お参りするときには桟俵(さんだわら。米俵の両端に当てる円い藁のふた)を頭にかぶり、治ると、鯰を捕まえて竜神宮のこの池に放ってお礼参りをするという風習があったそうです。今でもこの池には鯰がいるらしいです。

 またこの池には羽衣伝説も伝わります。竜神山の羽衣伝説

 南方熊楠はこの池で珍しい藻類を採取しています。「南方二書」には、

 (ロ)は竜神山(りゅうぜんさん)といって上り道が30丁ある。古えは桜樹の名所であったが、濫伐が打ちつづき、土砂崩壊して小川を埋め、毎年洪水が絶えない。そして頂上(ロ)と書いたところにクラオガミの神祠がある。今日の日本にあまり多くない神で、『日本紀』などに見えているので、もっとも崇敬すべきである。この頂上に神池があり、清泉が湧出する。

そのかたわらに、この山頂を絶海の孤島のようにして、カキノハグサ、ウリカエデ、メグスリノキ、フデリンドウ、マメヅタラン(東牟婁郡にもあるが多くは開化しない。ここのは必ず開化する)、それから、小生発見の(1)図のような反橋(そりはし)形の大珪藻、オオルリソウ、また淡水藻シリントロカブサの一種、また(2)図の鼓藻の熱帯産である珍品トリブロチソス、また奇体なミクラステリアス・トランカタの変種で(3)図のように続いているのがある。

またヤブコウジより小さい小灌木で花の赤いのがある。牧野氏に見てもらったところ、ベニドウダンとのこと。ベニドウダンは丈(※1丈は約3m※)余りになるものとのことだが、ここのは数寸(3寸を過ぎない)で、花があるのも不思議である。また Lycoperdon の新種がある。加えて、四方眺望絶景にして、山川溝港湾岬丘山などの地理を、小児に示すのに屈強の所である。それなのに、これも村人が拒むのを無理に山麓の社に合祀し、大きな石鳥居を移す。

この山は冬と夏の2度、近県より夜も昼も参り、柿店などが出て大いに賑わい、村民および近町の者の利となり、また小児なども健足の便りとなり、四望して気性を養成するによい。村民はこの祭日を当て込み、無賃で総出となり、道路を修め山林を整えたのだ。それなのに、神社を無理に合祀されたため、隣村がこの山の小さな材木を争うことが絶えなくなった。アカメヤナギ、ノグルミ、ゴシュユなど、この近傍にはここにしかないものも追々滅跡していって、神流にあった無数の鼓藻、バトラコスペルマムの異品も絶え失われ、洪水が多くなり、山は荒れ、土は崩れいく。この小山の一方に杉林を作り防崩林を営むのに、一方では樹木濫伐して土壌崩壊に任せるのを見るのは、じつに行政上の大矛盾、一奇事である。

一作春末、この上に登る道の上に。スズメノオゴケのようなもので、花の色が異なるのを多く見つけて、牧野氏に送った。すこぶる珍品とあって今年とりに行くと、土砂崩壊のため見当たらず、小生の手元にわずか2本しかなく困っている。山林を伐って、あとへ柴を植えつけるとか羊を飼うとか、そんなことは少しもなく、ただただ濫伐して行くのだ。下流の諸村は、どうして近年大水がひどくなったのかというだけだ。これまた似た者同士で、山頂の木を伐るから水が急に来るということに気づかない。

官公吏はただただ神社をひとつでも多く潰し、自治制がよく行われている徴候と自慢し、神がなるべく旧趾に戻らないようにと、いろいろ尽力して樹を伐らせ、その金は伐木賃を差し引けばどうなったかわからないのだ。件の竜神山を合祀して俸給を増やした神主は、牛肉を食ったことがないが、これで牛肉を食うことができるといって大喜びとのこと。こんな例を50ばかり集めてある(東西牟婁郡、すなわち小生の抗議が強く及んだ所だけで)。小生の見聞の及ばない他郡はもっと多いと知っていただきたい。

とあります。

八幡宮の分社

 龍神宮の裏手の道を八幡宮目指して進むと、

龍之山城跡

 城跡の案内板があります。こんな所にお城があったとは。今は雑木林です。

八幡宮

 八幡宮の祠へは龍神宮からは15分ほどで到着。祠の近くに三角点があります。ここからのも眺めもよいです。この場所を八幡座の壇といいます。この八幡宮については以下のような由緒があります。

 天正13年(1585年)豊臣秀吉の紀州攻めのとき、芳養荘林村にあった八幡宮(中芳養・上芳養の旧8ヶ村の産土神)が炎上し、そこから白鳩が2羽飛び去り、はるか東方の竜神山の山上に止まるのを付近の子女が見た。その子女が「その山上にさっそく社殿を造れば誓って平和になるであろう」とわめき回ったので、氏子らは戦災後ではあったが、翌年に八幡宮の分社を竜神山の山上に造営した。その子女はその社の巫女となり、80余歳まで平和祈願の神事に奉仕したという。もとの八幡宮は天正18年に再建されたが、その間、御神体は竜神山の山上の分社に避難していた。

 来た道を戻って下山。時間に余裕があれば三星山(みつほしやま、標高549m)まで足を延ばしてもよいでしょう。

竜神山の羽衣伝説:熊野の説話
熊野権現秘事の巻:熊野の説話
熊野の観光名所:芳養八幡神社

(てつ)

2010.6.13 UP
2010.9.19 更新
2013.8.4 更新

 ◆ 参考文献

龍神山編集委員会『龍神山とその里山』
中沢新一 責任編集・解題『南方熊楠コレクション〈5〉森の思想』河出文庫

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アクセス:JR紀伊田辺駅から車で約10分(?)で登山口へ、登山口から徒歩約1時間。
駐車場:表参道登山口、佐向谷登山口ともに駐車スペースあり
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