■ 熊野の説話

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◆ 力伏せの石灯籠


 闘鶏神社(和歌山県田辺市湊)にある石灯籠についてこんなお話が。

 昔、田辺の伊作田(現田辺市稲成町)に獺田(おそだ)という剛力の若者が住んでいた。
 ある日、山に柴刈りに行っている留守に、四国の阿波から力自慢の若者が訪ねてきた。留守を守っていた老母に、阿波の若者は、獺田との立ち会いを申し込んだ。
 老母は、「そのうち戻ってくるから待っていなさい」と、大きな鉄火鉢を軽々と片手に持って出て来た。 阿波の若者は老母の剛力に驚き、老母でこの剛力ぶり、その息子となるとどれほどの剛力なのか、と不安になっているところへ、獺田が山を担いで帰って来るのが見えた。
これはかなわぬと、阿波の若者は一目散に逃げ出した。

 家に帰った獺田は老母に話を聞き、追いかけていって田辺の浜で阿波の若者に追いついた。阿波の若者もこうなっては致し方なく対戦することとなった。獺田は太い孟宗竹を2本引き抜き、2本の指でひしゃげフンドシにして、1本は相手に渡した。両者、竹のフンドシを締め、張り合ったが、たちまち阿波の若者は目よりも高く差し上げられ、砂の中にめり込むほど投げつけられた。

 阿波の若者は命からがら阿波に逃げ帰ったが、この話を阿波の相撲親方連やひいきの旦那衆が聞き、「こんな剛力が紀州にいては四国の力士が名を上げられない」と相談して、今後、強い力士が紀州に生まれないように、熊野権現に願をかけることにした。そのため、大きな石灯籠を奉納することになり、阿波から船で運び込み、夜の間に新熊野鶏合権現(現闘鶏神社)に奉納した。

 それからは紀州には獺田のような剛力の男は生まれなくなった。その力伏せの石灯籠は今も闘鶏神社にある。また伊作田には獺田の墓があるという。

 『平家物語』では、平忠度が「熊野育ちの大力の早業」と表現され、『源平盛衰記』では熊野生まれの大力、金剛左衛門・力士兵衛という兄弟の侍が登場します。また武蔵坊弁慶も熊野生まれだと伝えられます。

(てつ)

2009.8.7 UP

 ◆ 参考文献

くまの文庫2『熊野中辺路 伝説(上)』熊野中辺路刊行会

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