■ 熊野の説話

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◆ 熊野道沿いの道祖神


 『大日本国法華経験記』に納められ(下 第一二八)、『今昔物語集』にも採られた(巻第十三、第三十四)、こんなお話があります。

天王寺僧道公、誦法花救道祖語

 今は昔のことだが、天王寺に住む僧がいた。名を道公(どうこう。伝未詳)という。年来、法華経を読誦して仏道を修行する。常に熊野に詣で、安居(あんご。一夏。夏の3ヶ月を室内に閉じ籠って修行すること)を勤める。
 ところが、熊野から出てもとの寺に帰る間に、紀伊国の美奈部郡
(みなべのこおり。この郡名はない。日高郡南部郷の誤りか)の海の辺りを行くときに日が暮れた。だから、そこで大きな樹のもとに宿った。

 夜半頃に馬に乗った人が、二、三十騎ばかり来て、この樹のもとで止まる。
 「何者であろうか」と思っていると、一人の人が「樹のもとの翁ですか」と言った。
 この樹のもとで答えて「翁です」と言った。
 道公はこれを聞いて、驚き怪んで、「この樹のもとには人がいたのか」と思っていると、また、馬に乗った人が「すみやかに出て、お共にお仕えせよ」と言った。

 また樹のもとで「今夜は参ることができない。そのわけは荷負い馬の足が折れ損じて乗ることができないので、明日、荷負い馬の足を治療し、または別の馬でも探して参ろう。老いぼれて歩いて行くことはできない」と言った。
 馬に乗った人々はこれを聞いて、みな通り過ぎていった音がした。

 夜が明けると、道公はこのことをきわめて怪しみ恐れて、樹のもとを巡り見ると、人はまったくいない。ただ道祖の神(さえのかみ。道行く人を災難から守る神。多くは男根・女陰をかたどる)の形を造った物がある。その形は古く朽ちて多年を経ていると見える。男の形だけがあり、女の形はない。その前に板に描いた絵馬があり、足の所が破れていた。

 道公はこれを見て「夜のは、この道祖の神が言ったのだ」と思うと、ますます奇異に思って、その絵馬の足の所の破れているのを糸で綴って、元のように置いた。
 同公は「このことを今夜よく見よう」と思って、その日もまた留まって、樹のもとにいた。
 夜半頃に昨夜のように多くの馬に乗った人が来た。道祖の神は馬に乗って出て共に行った。

 暁になって、道祖神が帰ってくる音がして、年老いた翁が来た。誰だか知らない。翁は道公に向かって拝んで言った。
 「聖人が昨日、荷負馬の足を治療してくださったので、翁は公事
(朝廷の行事.儀式)を勤めた。この恩は報い難い。私は樹の下の道祖神である。
 この多くの馬に乗った人は行疫神
(ぎょうやくじん。疫病の神)でいらっしゃいます。国の内を巡るときに必ず翁を先払いの役とする。もしそれに供奉せねば、笞をもって打ち、言葉をもって罵る。この苦はまことに堪え難い。
 であるので、今、この下劣の神の形を捨て、すみやかに上品の功徳の身を得ようと思う。それは聖人のお力に依るだろう」

 道公は答えて「おっしゃることはもっともなことと思うけれども、これは私の力では及ばない」と言った。
 道祖神はまた「聖人はこの樹の下にこの三日留まり、法華経を誦しなさるのを聞くならば、私は法華の力によってたちまちに苦の身を捨て、楽しみの所に生まれよう」と言って、かき消すように失せた。

 道公は道祖神の言葉に従って、三日三夜、そこに座して、心を尽くして法華経を誦する。四日目になって、先の翁が来て、道公を礼して、
 「私は聖人の慈悲により、今、すでにこの身を捨て、貴き身を得ようとする。いわゆる補陀落山
(ふだらくせん。観音の浄土)に生まれて、観音の眷属となって、菩薩の位に昇ろう。これはひとえに法華を聞き奉ったためである。聖人はもし虚実を知ろうとお思いになるならば、草木の枝で小さな柴の船を造って、私の木の像を乗せて、海の上に浮かべてその有り様をご覧なさい」と言って、かき消すように失せた。

 その後、道公は道祖神の言葉に従って、すぐに柴の船を造って、この道祖神の像を乗せて、海の辺りに行って、これを海の上に放って浮かべた。そのとき、風が立たず波もないのに、柴の船は南を目指して走り去った。道公は、これを見て、柴の船が見えなくなるまで泣きながら礼拝して帰った。

 また、その郷に年老いた人がいた。その人の夢に、「この樹の下の道祖神は菩薩の形となって、光を放って照らし輝いて、音楽を奏でて南を目指して遥かに飛び昇った」と見た。
 道公はこのことを深く信じて、元の寺に帰って、ますます法華経を誦することになった。
 道公が語るのを聞いて人はみな貴んだ、と語り伝えるとか。

 熊野参詣道中辺路」には、熊野九十九王子と呼ばれる数多くの神祠が祀られています。
 王子とは、よくわかりませんが、
熊野権現の分身あるいは熊野権現の御子神のようです。
 王子の原形は、
熊野詣が盛んになって王子が成立するその以前からそこにあった道祖神のような神々だったのではないか、と思います。

(てつ)

2005.7.21 UP

 ◆ 参考文献

日本古典文学大系『今昔物語集 三』岩波書店
佐藤謙三校注『今昔物語集 (本朝仏法部上巻)』角川ソフィア文庫

 

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