■ 熊野の説話

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◆ 熊野の本地4 捨て子


 さてさて。

 こうして日も暮れて、たそがれどきになったところ、お産の血といい、斬られた血といい、多くたまったので、血の匂いを嗅ぎつけて、12頭の虎が喜んでやってきて、今にも后を食おうとしたけれども虎たちは王子が母の乳房に食らいついているのを見て、憐れんで、夜の間は食わないで、王子は守護してその夜は王子は守護してその夜は明けた。次の日の夜は他の虎たちに食わせまいとして昨日の12頭の虎たちが来て守護し申し上げた。

 1日1夜だけでなく、三年まで守護し申し上げた。3年目の誕生日の生まれた時刻になったとき、母の髑髏は水になって、消えてしまった。12頭の虎はそのあともまだ憐れんで、その山にある葱藤葛(にんどうかずら)という花の汁を吸い集めてきて、王子をお育て申し上げるうちに王子はもう四歳になられた。

 どうしてサッタ王子は我が身を虎にお任せになったのか。そのときは虎は情け容赦なく王子を食べたのであろうが、それはもっともなことである。菩薩の行を果たさんがために来られたので、それは仏果を満たすためのものである。

 サッタ王子は釈迦の前生における名のひとつ。7匹の虎の子を産んで餓えた母虎に我が身を与えたといいます。

 いま、この王子は千手千眼観音が守護なさっているのだと思われる。虎・狼・狐などは他にくらべるものがない恐ろしい獣である。それがこれほどこの王子を守護するということもただ事ではない。

 山で生まれ(あるいは捨てられ)、動物に育てられた赤子がやがて英雄や偉人になるという伝説は、数多く見られます。
 山中で生まれる(あるいは、山中に捨てられる)ことによって、赤子は超人的な力を身に付けることができるという信仰のようなものがあったようです。
 
藤原秀衡が滝尻王子の裏山に置いていった赤子(泉三郎忠衡)は、牝狼に育てられていました。
 弁慶も、生後間もなく熊野の山中に捨てられますが、獣たちに育てられます。
 
和泉式部は、鹿の子で、山中で生まれました。

 かつて、人々は、深い山や森に神秘や怖れを感じてきたのでしょう。深い山や森は神々や魔物が住まう聖なる空間だったのだと思われます。
 人並みはずれた能力をもつ者は、その力を聖なる空間から与えられたのだ、と昔の人々は考えたのでしょう。

 捨て子とされた子がやがて王や英雄になるという神話や伝説は世界中に存在します。たとえば、

● インドの『リグ=ヴェーダ』の武勇神インドラ

 インドラが生まれると、母親は彼の力を怖れ、神々の嫉妬から守るために彼を捨てた。父親もまた彼の力を嫉妬し、彼を殺そうとするが、逆にインドラは父を殺してしまう。そのため神々の同情もなくなり、苦難の放浪をする。そんなとき、鷲がもたらしたソーマ酒を飲んで、活力を取り戻す。
 インドラの武勇のなかで最も有名なのが、悪竜ヴリトラ退治。ヒマラヤからの水の流れを堰き止めていた悪竜ヴリトラを雷撃ヴァジュラを武器にヴリトラを殺し、堰き止められていた水を解放。地上に恵みをもたらした。

● ギリシアの英雄ヘラクレス

 ヘラクレスは最高神ゼウスと人間の女性アルクメネの間に生まれるが、アルクメネはゼウスの正妻ヘラの嫉妬を怖れ、彼を捨てた。のちに数々の武勲を立て、死後、神々の一員となる。

● ユダヤの指導者モーセ

 モーセはエジプトで生まれたが、当時のエジプトには多くのユダヤ人がおり、ユダヤ人の増加を恐れたファラオは、ユダヤ人に対し、男の子が生まれたらすべて殺すように命じていた。モーセの両親は3ヶ月間密かに育てたのち、捨てる。それをファラオの娘が見つけ、自分の養子にする。モーセはエジプトの王子として育てられた。のちにユダヤ人を率いてエジプトを出る。その旅の間に神ヤハウェと契約を結んだ。

● ローマの建国者ロムルス

 処女でなければならない女神官であったレア=シルヴィアは戦いの神マルスに犯されて、ロムルスとレムスの双児の兄弟を生むことになる。しかし、そのことが知られると死刑になるレア=シルヴィアは双児を籠に入れてティベル川の岸に捨てたが、大雨で川が増水。双児を乗せた籠は、のちにローマとなる場所に流れ着いた。そこへ牝狼や啄木鳥が来て、双児を養った。そこへ今度は羊飼いがやって来て、双児を自分達の子として育てた。のちに、籠が流れ着いた場所にローマを建てることになる。

 『熊野の本地』の物語に戻ります。

 さて、ここから30里ほど隔てた山の奥に、苑商山というところに、喜見上人(きけんしょうにん)という聖がいらっしゃる。この山に籠って、深く仏道の修行を行っていらっしゃった。昼夜6回、怠りなく法華経を読誦しなさっていた。年は1700歳になる。法華経薬王品の説教をなさっているところに、ひとつの不思議なことが起こった。
 「鬼時が谷という谷に善財王の王子が12頭に虎に養われている。引き取って大王に奉りなさい」と、蜘蛛が自分の糸を引いて、文字を書き付けた。これは偏に十羅刹女法華経行者を守護する十人の神女)のお計らいだと思われる。

 急いでお経を巻いてしまいこみ、その場所へ尋ねて見ると、ほんとうに12頭に虎たちが王子を取り囲み、王子は虎たちのなかで、左の虎、右の虎の頭や尾に取り付いて遊んでいた。上人がこの王子を見るに、玉のなかの玉かと思われるほどにすぐれた器量である。

 王子を抱き上げて、「虎たち、確かに聞けよ。私は私の考えでここに来たのではない。私は十羅刹女の使いである。私を害してはならない。汝ら畜生といえども、王だけがもつ十善の徳(前世で行った十の善行の功徳)をまことに感じたのだ。世は末世になったとはいえども、ありがたいことである。薬王菩薩の教えによって、王子を引き連れ申し上げる」とおっしゃると、12頭の虎たちは心得てうなずいた。

 天子の位は前世で十善を修めた功徳によって得られると考えられていました。なもので、花山天皇の前世は大峰(おおみね。吉野と熊野を結ぶ山脈。修験の山)の行者だとされ、後白河天皇の前世は熊野に住む蓮華坊という僧だとされました。

 上人は王子を抱いて、3年間、養い申し上げた。王子が7歳になったなった誕生日に、上人は王子を引き連れて、宮中に参上した。ちょうど大王は上林苑に行幸していたが、そのとき、空から上人がおりてきたので、大王は怪んで畏れをなした。王子は子細もいわず大王のお膝の上に乗った。上人は昔の事をいちいち申し上げた。大王は王子の顔に自分の顔を押しあてて、ただ泣くばかりである。

 大王がおっしゃるには、「もとより女は恐ろしいものである。もう2度とあの女たちのいる宮中には帰りたくない」と。金の早車を召して、大王と王子と上人の3人一緒にその車を召した。大王は五本の剣を取り出しておっしゃった。「我が身はどこへ行くとも決めるまい。私の剣たちが落ち着いたところへ行こうと思う」と、北へ向かってお投げになった。

 この剣たちは16の大国や500の中国、無数のあわ粒のような小国にも留まらないで、小さな小さな日本秋津島へ来て、第一の剣は紀伊国牟婁郡に留まった。今の世に神蔵(かんのくら)と申すのがこれである(現在の神倉山(かみくらさん)。新宮熊野速玉大社の古宮)。第二は筑紫の英彦山(ひこさん)に留まった。第三は陸奥の国の中宮山(未詳)に留まった。第四は淡路の和(未詳)に留まった。第五は伯耆(ほうき)の国の大山(だいせん)に留まった。大王のお車も剣について飛んで来た。まずは英彦山にお着きになった。次第に転々として、五ケ所を示された。しかし、第一の剣について、終わりには紀伊国牟婁郡(熊野)に落ちつきになった。この国に来て、7000年の間、姿をお顕わしにならなかった。

 取りあえず熊野権現の前世譚はこれにてお仕舞い。続いて、熊野の山中に7000年間ひそんでいた熊野権現が人に発見される物語が語られます。

(てつ)

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 ◆ 参考文献

西尾光一・貴志正造 編 鑑賞日本古典文学第23巻『中世説話集 古今著聞集・発心集・神道集』角川書店
大林太良・伊藤清司・吉田敦彦・松村一男 編『世界神話事典』角川書店

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■熊野の本地
1 熊野十二所権現
2 五衰殿の女御
3 異常出産
4 捨て子
5 八咫烏の導き
6 熊野牛王宝印

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