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◆ イザナミの墓所


花の窟 イザナミノミコトは、夫のイザナギノミコトと力を合わせ、日本の国土を生み、数々の神々を生んだ、日本および世界の母のような神様。
 そのイザナミの墓所と伝えられる場所が三重県熊野市有馬町にあります。「
花の窟」と呼ばれる高さ70m、幅80mに及ぶ岩壁がそれです。『日本書紀』には「一書に曰く」として次のようなことが書かれています。

 イザナミノミコトは、火の神を生むときに、陰部に大火傷を負って死んでしまう。その遺体は紀伊国の熊野の有馬村に葬られる。村人は、この神の魂を祭るのに、花のときは花をもって祭り、鼓・笛・幡旗をもって歌ったり舞ったりして祭る。

 また、妻の死に逆上したイザナギに、生後間もなく斬り殺された火の神カグツチの墓もそこにあります。

 女性の性器から火が出る神話はメラネシアやパプアニューギニアなどにありますが、火の起こし方が性行為を思わせたところからの発想のようです。
 火を起こす原始的な方法で最も一般的なものは、木と木をこすりあわせる方法です。
 一方の木を地面に横に起き、もう一方の木の先をとがらせ、それを縦にもって、横に置いた木に押しつける。そして、縦の木を両手に挟んで回すと、尖った先は横たえた木に穴を開けながら、摩擦熱により火を起こす。
 この錐もみ式の火の起こし方が、性行為を思わせたのです。

 女性の性器から火が出る神話で、ちょっとおもしろいのがパプアニューギニアのマリンド=アニム族の神話。

 あるとき、男の祖先のウアバは、女の祖先のウアリワムブの小屋の中にこっそり忍び込んで、無理矢理犯した。するとそのまま体が離れなくなって、苦しんでいるのを翌朝、仲間の祖先たちに発見された。
 仲間たちは二人をそのまま担架に載せ、からかいながら村まで運んで、小屋の寝床の上に置いた。そこにアラメムブという男がやってきて、まだつながったままのウアバの体をつかんで揺すぶった。すると、その摩擦から火が起こった。
 ウアリワムブはこのとき火と一緒にヒクイドリとコウノトリも生んだ。それで、どちらの鳥も焼け焦げたような黒い色をしているし、ヒクイドリの頭の冠は赤く、コウノトリの足も赤いのだ。

 そのものずばり性行為から火が生まれています。

 さて、花の窟では、現在でも毎年2月2日と10月2日の年2回、『日本書紀』にあるような、花をもって祭り、舞を捧げる神事が行われています。
 その神事は「お綱かけ神事」と呼ばれ、季節の花や扇を結んだ旗を吊るした全長160m余りの大綱を窟の上からかけるというユニークなもので、綱をかけた後、歌や舞が奉納されるそうです。
 「お綱掛け神事」については、そま
おさんぽフォトアルバムでご紹介しているので、そちらのほうをご覧ください。

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 花の窟のお近くにお住まいの女性の方からメールをいただきましたので、ご紹介いたします。

 花の窟のお綱掛け神事では、4人の舞姫がイザナミやカグツチに舞いを捧げますが、私も10歳のときに学校を早退して踊りに行きました。
 10月の神事に向けて夏休みから、朝の9時から正午まで練習しました。
 舞う為の条件は小学4年生と決められていて、舞姫は全員で6人いました。
 髪が長くないといけないので、短かった私は一生懸命伸ばしました(ただ待つだけ)。
 当日では髪をできるだけ高いところで結い、付け毛をして舞いました。
 踊りは花の窟と産田神社の二回舞います。

 メール、ありがとうございます。こういう情報はやはり地元の方ならではのもので、とてもありがたく思います。

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 火の神カグツチを生み、陰部に火傷を負って病み臥し、苦しみながら死んだイザナミですが、死ぬまでの間、病床にありながら、イザナミはさまざまな神々を生みました。『古事記』から現代語訳すると、

 反吐でできた神の名はカナヤマヒコノカミとカナヤマヒメノカミ(男女の金属の神)。次に糞でできた神の名はハニヤスヒコノカミとハニヤスヒメノカミ(男女の粘土の神)。次に尿でできた神の名はミツハノメノカミ(水の女神)とワクムスヒノカミ。ワクムスヒノカミの子はトヨウケヒメノカミ(食物の女神)という。イザナミノカミは火の神をお生みになったためについにお隠れになった。

 人間は、火を使うことによって、金属器を作ったり、森を切り開いて農耕をしたり、粘土と水から土器を作ったり、食物を調理したりすることができるようになりました。
 火を使うことによって人間は人間の文化を築き上げることができるようになったわけですが、かつての人々の意識のなかには、火を使うこと、森を切り開くこと、自然を傷つけることへの罪悪感のようなものがあったのでしょう。

 自分達の存在を根底から支えてくれる母のような自然。自然なしには一瞬たりとも生きていけない。しかしながら、人間は、その母なる自然を破壊することによってしか生きていけない。
 母なる存在の破壊の上に人間の生活が成り立っているのだという現実認識から、火を生むことによって母なる存在が死んでしまうという火の神話が生まれたのではないでしょうか。

 さて、話を戻して、イザナミの墓所について、『古事記』では、「出雲の国と伯伎の国との境にある比婆の山に葬り祀った」とあり、広島県比婆郡にある比婆山がそれだとされています。
 比婆山の麓には熊野神社があり、イザナミノミコトを祭っているそうです。

(てつ)

2000.7 更新
2002.10.21 更新

 ◆ 参考文献

宇治谷孟『日本書紀〈上〉』講談社学術文庫
J・G・フレーザー『火の起原の神話』角川文庫
大林太良・伊藤清司・吉田敦彦・松村一男 編『世界神話事典』角川書店

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■イザナギ・イザナミ
 国生み・神生みを行なった男女一対の神。
 その名は誘う男の神・誘う女の神の意味します。お互いに相手を誘いあって交合し夫婦となったことに由来する。

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