■ 熊野の説話

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◆ 百夜月、地名の由来


 三重県熊野市紀和町花井(けい)に「百夜月(ももよづき)」という美しい地名があります。北山川沿いにあり、現在でも対岸の和歌山県新宮市熊野川町九重(くじゅう)から渡し船で渡るしか行く方法がないという陸の孤島のような集落です。

 そこには光月山紅梅寺という寺があった。この寺には美しく若い尼僧がひとり住み、仏道修行に励んでいた。尼僧は近隣の村の若者たちの憧れの的であった。

 ひとりの若者が彼女に会って話をしたいと思い、昼間では村人に知られては尼僧に迷惑になるので、夜に川を渡って会いに行こうと決心をした。
 若者が夜、川を渡ろうとすると、山の上に顔を出してきた月があまりに明るく、こんなに明るくては村人に知られてしまうとその夜は行くのを諦め、家に引き返した。次の日もその次の日もそのまた次の日も、若者は尼僧に会いにいこうと川まで下りてきたが、月明かりがまぶしく行くことができなかった。「今晩で何度めだろうか」と若者が数えてみると、九十九夜めであった。
 家に引き返し、母にそのことを打ち明けると、母は「あの方は仏様をお守りしている方なのだから、お前が好きになってはいけない人だよ。あのお月様の光は人々が悪さをしないようにいつも辺りを照らしているのだよ。だから百夜通っても駄目だよ」と諭した。それからこの土地を「百夜月」と呼ぶようになった。

 このお話にはまだ続きがあります。

 尼僧は仏の教えを広めるため、寺の宝物を近隣の村に分け与え祀ってもらおうと考え、川下の村には花瓶を与え、川向の村には九重の重箱を与え、川向川上の村には竹の筒を与えた。花瓶を与えられた村が花井と呼ばれるようになり、九重の重箱を与えられた村が九重(くじゅう)、竹の筒を与えられた村が竹筒(たけと)と呼ばれるようになった。

 百夜月、現在では1戸があるのみです。

2007.10.11 UP

 ◆ 引用文献・参考文献

みえ熊野学研究会編『熊野の文学と伝承』

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