■ 全国熊野神社参詣記

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熊野神社

熊野神社本殿

愛知県安城市尾崎町亥ノ子地内

由緒等:
土地の古老の話の伝聞によると、和銅の昔、豊阿弥長者が屋敷の北に御堂を祭り、
後の承久の変の頃、熊野三山の検校職(僧侶・寺社の総取締役)良尊法師により
碧海郡(今の安城市、刈谷市など)に21箇所の祈祷所がおかれ、
うち1箇所が熊野神社として受け継がれたもの。<出典:平安鎌倉古道>
   注:境内内に説明したものがなく、聞くべき土地の人にも恵まれず、
市史や愛知県神社名簿などを調べましたが、
詳細が不明でしたので、参考書を引用させていただきました。

熊野神社鳥居

当熊野社は、旧東海道の江戸から83番目の「尾関の一理塚」傍にあります。
また、古は京鎌倉を結ぶ「鎌倉街道」が神社の西側を通過し、当地で京から来た場合、
右手(南)に向きを変えるため神社の森を「踏分の森」と称されています。

熊野神社付近の東海道松並木
熊野神社付近の東海道松並木

東海道尾崎一理塚の碑と鎌倉街道の説明文
東海道尾崎一理塚の碑と鎌倉街道の説明文

熊野神社西側の鎌倉街道跡
熊野神社西側の鎌倉街道跡

  長い歴史の感覚では最近という表現になりますが、第二次世界大戦の末期、
当神社の周囲(岡崎市、安城市、豊田市にまたがる)が飛行予科訓練生の即戦力養成を
主任務とする「岡崎海軍航空隊」が昭和19年4月設置され、翌5月15日の第一期生に始まり、
敗戦までに5849名が6ヶ月の訓練を終了しています。(平成3年、新編岡崎市史)
航空隊ですが、滑走路はなく、訓練終了生は、
各実践航空隊に実務訓練生として配備されたそうです。(案内板の内容)

正面右手に設置されている予科練の碑(昭和61年5月建設)
熊野神社正面右手に設置されている予科練の碑(昭和61年5月建設)

航空隊見取り図
航空隊見取り図(一部) 見取り図全体を見る

 敗戦後、80余町(約80万平方メートル)の航空隊跡地は、引揚者の開拓地に転用され、
その中心に設置された高さ約5Mの記念碑は、
航空隊基地で使用していたコンクリート製監視塔を有効利用したものです。
この碑は、昭和30年設置のため、人間の手で約1キロほどを転がして運んだと、
戦前からの地主である80歳代の古老からお聞きしました。

開拓記念碑
開拓記念碑(航空隊が使用した飛行機監視塔を再利用し、昭和30年3月建設)

Thanks 河合さん

2005.11.8 UP
No.468

愛知県安城市尾崎町

読み方:あいちけん あんじょうし おざきちょう

郵便番号:〒446-0004

安城市HP

安城市 - Wikipedia
安城市(あんじょうし)は、愛知県西三河地方の市。

2009.1.22 22:17 の版より)

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