■ 全国熊野神社参詣記

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 マサやんさんから投稿いただきました。ありがとうございます。


やなせくまのじんじゃ
魚梁瀬熊野神社

魚梁瀬熊野神社拝殿

高知県安芸郡馬路村大字魚梁瀬

以前は別の地にあったのですが、
魚梁瀬ダム築造工事により水没してしまうので、
昭和40年に電源開発会社の補償により、
現在地に移転したそうです。

魚梁瀬熊野神社鳥居

この冬の水不足で、
ダムは写真の通り、地肌むき出しでした。

ダム

 

※ ※ ※

由緒書きより

魚梁瀬熊野神社

 寿永四年(1185)年三月、平氏は壇の浦に滅んだ。伝うるところによると、門脇中納言平教経(のりつね)は安芸郡の大領(長官)安芸太郎、次郎を道案内として一族と共に、讃岐へ上陸し、阿波の祖谷(いや)を経て、魚梁瀬の西川二の谷へ落ちのびた。しかし生活が不便で、人数も増してきたので、梁(やな)を西川に流し、それが流れついたところの奈路(なろ)、即ち魚梁瀬を永久の住居とし中屋敷西の森に熊野権現を奉斎し、安芸氏から受けた恩を徳として、安芸大領真康を大領権現として合祭した。後世になって熊野権現を大領権現と称するようになった。

 ご神体はご神鏡四面で、ご本尊は安徳帝の座像である。

 大祭は毎年旧暦九月十五日に行われ、当人六人、後見(うしろみ)一人、小使二人、かしき一人、女の給仕二人が九月十一日から宮ごもりをし、早朝川へ入って斎戒沐浴し、後見は麻裃(あさかみしも)に威儀を正し、少女の給仕人は厚い綿帽子をかむり御輿(みこし)の供をした。

 祭典の際には、門脇殿(教経の末裔)お迎えの七回半使といって、小使が七回門脇殿を呼びに行き、八回目に途中で出会うことになっている。
詳しい行事は省略する。
現在は、新暦十月十五日、諸式を省略して例大祭を行なっている。

 尚、門脇一族の菩提を弔うため城福寺を建立し、鎮守の神として平氏尊崇の厳島大明神を奉斎した。

馬路村文化財調査委員会

Thanks マサやんさん

2007.2.24 UP
No.673


林業に従事している私にとって、馬路村といえば、
「monacca(モナッカ)」が真っ先に思い浮かびます。
「monacca(モナッカ)」は、エコアス馬路村の製作する間伐材製品。

間伐して伐った木はふつう伐りっぱなしで山に放置しそのまま腐らせますが、
高知県馬路村では間伐材で独自の商品を作り、間伐材の有効活用を図っています。
すばらしい試みだと思います。

「monacca(モナッカ)」はグッドデザイン賞を受賞しています。

(てつ)

高知県安芸郡馬路村大字魚梁瀬

読み方:こうちけん あきぐん うまじむら やなせ

郵便番号:〒781-6202

馬路村HP

馬路村 - Wikipedia
馬路村(うまじむら)は、高知県にある村である。高知県35市町村で人口が2番目に少ない。幾度の市町村合併の機会も、村民の反対多数によって合併協議を離脱しており、村民の自立意識が高いのが特徴である。

2007.1.27 17:47 の版より)

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