石碑の由緒書きより(不明な部分は○表記とします)
恭敬ルニ村社熊野神社ハ伊弉奈尊、櫛御気野尊、御子速玉命ヲ奉祀スル所也 元禄十六年十一月23日関東に大地震ノ災厄起コリ、当地亦津浪の変異アル 可惜古記録等烏有ニ帰シ 往古ノ淵由不詳ト雖モ故老相傳ヘテ謂フ 当社ハ 紀州熊野三所権現ヲ勧請シ奉○也 社後ノ飛瀑之ヲ権現瀧ト○ス 信仰ノ徒浴シテ身心ヲ淨ム 其下流部落ハ下沢ト号ス 大凡一病一疾一大事 有ル○至心ニ神前ニ祈祷スルアレバ必ズ感応ヲ○モ恰モ影像相随フガ如シ 嗚呼大ナル○神徳然レバ世々遠近尊祟ヲ聚メ 里民ハ四時ノ祭奠怠ラズ春秋 ノ行事百般ノ禮故皆神威ニ仰向セサル靡シ 曩昭和十三年中區長宇山仁右衛門等圖リテ境域並ビ参道ヲ改修シ祓所手洗所 玉垣等ヲ新築シ大ニ○感ヲ一新シタリシガ茲歳又村民至誠ヲ萃メカカ協ヒテ 社殿ヲ改築ノ業ヲルヤ 因ミニ社ハ神饌幣帛神社ノ指定ヲ得タリ 即チ文又刻シシテ以テ記念トスル者ナリ (以下略)
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