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◆ 高原熊野神社(たかはらくまのじんじゃ)  和歌山県田辺市中辺路町高原1120   高原村:紀伊続風土記(現代語訳)


樹齢1000年以上の大楠茂る熊野第二の宮

 国道311号線を本宮から田辺方面に進み、途中、中辺路町栗栖川の辺りで橋を渡り、対岸へ。
 細い車道をうねうねうねうね登って行きます。10分ほど走ると、江戸時代までは旅籠が軒を連ねていたという高原(たかはら)の集落に着きます。
 神社のすぐ近くにある「高原霧の里(たかはらきりのさと)駐車場」に車をとめて(駐車料金は無料。15台まで。とても眺めがいいです)、歩いて神社に向かいます。

 高原熊野神社は高原地区の産土神で、熊野古道・中辺路(なかへち)沿いにあり、不寝王子と大門王子との間に位置します。高原王子と呼ばれることもありますが、平安時代から鎌倉時代にかけてこの神社は存在せず、熊野九十九王子のうちには入れられません。

 この神社に伝わる懸仏(かけぼとけ)の裏面には応永十年(1403)の銘があり、若王子(にゃくおうじ)を熊野本宮から勧請したことが記されています。

 社殿もその頃に再建されたものと考えられ、春日造りで、室町時代の建築様式を伝えています。中辺路沿いに現存するものでは最古の神社建築なのだそうです。

 平成10年2月に社殿の改修が完了したということで、色鮮やかな極彩色の絵に彩られています(狛犬はそま撮影)。

 色鮮やかな社殿も目を引きますが、それ以上に目を引きつけるのが境内を囲う数本の楠です。
 高原熊野神社は小さな面積の神社なのですが、境内を囲う楠の大きさには目を見張ります。樹齢1000年以上!と推定される楠の存在感には圧倒されます。

Photo by そま

Photo by そま

Photo by そま

高原霧の里駐車場からの眺め

 明治の神仏分離令と神社合祀令は熊野に深い傷跡を残しました。
 とくに明治39年に施行された1町村1社を原則とする神社合祀令は熊野に壊滅的なまでのダメージを与えました。
 明治政府は記紀神話や延喜式神名帳に名のあるもの以外の神々を排滅することによって神道の純化を狙いました。
 熊野信仰は古来の自然崇拝に仏教や修験道などが混交して成り立った、ある意味「何でもあり」の宗教ですから、合祀の対象となりやすかったのでしょう。

 高原熊野神社もじつは合祀の対象にされたのですが、あやういところで合祀を免れました。
 口熊野、和歌山県田辺市に暮らしていた世界的博物学者である南方熊楠は、強引な神社合祀を目の当たりにし、怒り、神社の森を守ろうと立ち上がり、神社合祀反対運動を行いました。熊楠は、東京帝国大学農学部教授であった白井光太郎に宛てた書簡(『神社合祀に関する意見』)のなかで熊野高原神社について次のように記しています。

 次に熊野第二の宮と呼ばるる高原王子(高原は熊野九十九王子には入れられていませんが、熊楠は高原王子と呼んでいます)は、八百歳という老大樟あり。その木をけずりて(「けず」の部分、原文では漢字です)神体とす。この木を伐らせ、コミッションを得んとする役人ら、毎度合祀を勧めしも、その地に豪傑あり、おもえらく、政府真に合祀を行なわんとならば、兵卒また警吏を派して一切人民の苦情を払い去り、一挙して片端から気に入らぬ神社を潰して可なり。しかるに、迂遠千万にも毎々旅費日当を費やし官公吏を派し、その人々の、あるいは脅迫し、あるいは甘言して請願書に調印を求むること、怪しむに堪えたり。必竟合祠の強行は政府の本意にあらじ、小役人私利のためにするところならんとて、五千円の基本金を一人して受け合う。さてその金の催促に来るごとに、役人を近村の料理屋へ連れ行き乱酔せしめ、日程尽き、役人忙(あわ)て去ること毎度なり。そのうちに基本金多からずとも維持の見込み確かならば合祀に及ばずということで、この社は残る。

(中沢新一 責任編集・解題『南方熊楠コレクションV 森の思想』河出文庫、495頁)

 神社合祀令により、熊野の神社の8割から9割が滅却されたといいます。
 村の小さな神社が廃止されただけでなく、歴代の上皇が熊野御幸の途上に参詣したという歴史のある熊野古道・中辺路の王子社までもが合祀され、廃社となりました。
 五体王子のひとつとして格別の尊崇を受けた稲葉根王子発心門王子でさえ合祀されたのです。小さな神社や王子社のほとんどが合祀され、神社林は伐採されました。
 そうしたなかで、合祀滅却を免れ、神社林の伐採を免れたこの神社はとても貴重です。ここには、熊野を詣でる人々の姿を1000年も前から見守りつづけてきた木々がいまもなお葉を茂らせてそびえています。

 ◆ 参考文献・引用文献

くまの文庫4『熊野中辺路 古道と王子社』熊野中辺路刊行会
神坂次郎 監修『熊野古道を歩く―熊野詣』講談社カルチャーブックス
山本殖生 監修『熊野―異界への旅』別冊太陽 平凡社
中沢新一 責任編集・解題『南方熊楠コレクション〈第5巻〉森の思想』河出文庫
  青空文庫に『神社合祀に関する意見』の電子テキストがあります。

 

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アクセス:JR紀伊田辺駅から龍神バス熊野本宮行きで40分、滝尻バス停下車、熊野古道を徒歩1時間45分
駐車場:無料駐車場あり(15台)
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中辺路町企画かんこう課 tel:0739-64-0500

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2003.1.17 UP
2003.2.19 更新

 

 

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