み熊野ねっと

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盆踊りと一遍上人と熊野

 

第2回熊野本宮盆踊り大会のために用意した原稿

2015年8月16日(日)に開催した第2回熊野本宮盆踊り大会のために準備した原稿です。熊野本宮大社旧社地大斎原で行う予定でしたが、雨天のため「田辺市立 本宮保健福祉総合センターうらら館」横の体育館が会場となりました。
盆踊り大会の休憩時間中に、10分ほど一遍上人や盆踊りについて話をさせていただきました。

熊野本宮盆踊り大会
ちらしの顔写真は熊野本宮盆踊り大会実行委員会委員長。

こんばんは。
熊野本宮盆踊り大会実行委員会のメンバーの大竹哲夫と申します。

本日は踊ってくださったみなさま、会場にお越しくださいましたみなさま、ありがとうございます。

休憩しながら、焼きそばやたこ焼きを買いながら、食べながら聞いていただけたらと思います。
どうぞご自由に移動してください。10分ほど、一遍上人や盆踊りについてお話しさせていただきます。

そもそも盆踊りというのは、鎌倉時代末期に起こった時宗という仏教の一派が行った「踊念仏」、念仏を唱えながら踊る「踊念仏」が原型だといわれています。

時宗の開祖は一遍上人。
旧社地にある石碑には一遍上人が書いた南無阿弥陀仏の文字が刻まれています。一遍上人は熊野本宮に籠って、夢の中で熊野権現から夢の中で熊野の神様から教えを授かって、それがきっかけとなり、時宗という新しい仏教の一派が起こりました。

「信不信をえらばず、浄不浄を嫌わず」というのが一遍上人に与えられた熊野の神様の教えです。信じていようが信じていまいが関係ない、不浄であろうが関係ない、という教えです。

一遍上人自身が、私の教えは熊野の神様が夢のなかで伝えてくれた教えである、と言っています。

時宗では、このときの熊野本宮での一遍上人の体験から時宗は始まったのだとしています。

ですので、熊野本宮がなければ、一遍上人の時宗はないし、時宗が行った踊念仏もなく、そして踊念仏から生まれた盆踊りもなかったということになります。

盆踊りは日本の文化を代表するような民俗芸能ですが、その精神的、宗教的なルーツ、根源の地が熊野本宮だということです。

熊野本宮盆踊り大会
平治川の長刀踊(へいじがわのなぎなたおどり)  和歌山県指定無形民俗文化財

去年の第1回の熊野本宮盆踊り大会は8月23日に行ないました。
8月23日という日は一遍上人の命日です。正応2年(1289年)8月23日に一遍上人は亡くなりました。今から726年前のことです。

去年は、一遍上人の命日に、一遍上人が教えを授かった熊野本宮の旧社地で、一遍上人の時宗が始めた踊念仏から生まれた盆踊りを踊るという、とても意義深いことが実現できました。

世界遺産の神社の境内地で、もともと仏教行事であった盆踊りを踊るというのは、とても素晴らしいことです。

旧社地にある一遍上人の碑ですが、それがそこに立っているというだけですごいことなんです。明治初期に神仏分離が行われて以降、神社の境内地に南無阿弥陀仏の碑が立っているというのは、ものすごいことです。

本宮大社ではこの名号碑の前で、一遍上人の月命日の毎月23日に、一遍上人月例祭を執り行なっています。今日も午前9時に行われましたが、神社がお坊さんを偲ぶお祭りをしているのです。これもすごいことです。

熊野本宮盆踊り大会
大瀬の太鼓踊(おおぜのたいこおどり)  和歌山県指定無形民俗文化財

なぜ本宮大社はお坊さんを偲ぶお祭りをするのかというと、それは鎌倉時代末期から室町時代にかけて、熊野信仰を全国に広めてくれたのは一遍上人が起こした時宗だからです。

時宗は全国的に大流行し、日本の文化に大きな影響を与えました。
時宗教団に所属する芸能者たちは阿弥号を名乗りました。○○阿弥。そういう名前を名乗りました。阿弥というのは阿弥陀様の阿弥です。

観阿弥、世阿弥などの名前は御存知だと思いますが、彼らも時宗教団に所属した芸能者です。阿弥衆と呼ばれた彼らはは、室町時代、能や茶道、華道、庭園づくり、連歌など様々な分野の芸能に活躍し、今日に続く日本の文化の基礎を作り上げました。

時宗は日本の文化に大きな影響を与え、そのおかげで熊野信仰も全国的に広まりました。蟻の熊野詣といわれるほど大勢の人たちを熊野に呼んでくれたのは一遍上人の時宗です。だから神社なのに本宮大社はお坊さんのお祭りをする。

熊野は神仏習合の霊場でした。神様と仏様を一体にしてお祭りするのが熊野信仰でした。熊野では異なる宗教を共存させてきました。熊野本宮の神様は阿弥陀様でした。

熊野本宮盆踊り大会
熊野本宮踊り(ハイヤーハァ踊り)  田辺市指定無形民俗文化財

明治時代、神仏分離により熊野信仰を成り立たせていた神仏習合という信仰の形が否定されました。そしてまた盆踊りは世界に恥をさらす風習だとして禁止されました。熊野信仰も盆踊りも明治時代には否定されました。

しかし今は明治時代に否定されたものが価値を再び認められるときなのだと思います。だから熊野も世界遺産になれたのだと思います。

世界各地の紛争を見ると、宗教の対立が大きな問題となっています。もちろんそれだけではありませんが、宗教の対立が問題の解決を困難なものにしています。
そういう状況を考えると、いま世界に必要とされるのは宗教の共生ということだと感じます。

世界各地の紛争に対して私たち一個人ができることはほとんどなく、ほとんど無力ですが、それでも熊野では異なる宗教を共存させてきたんだということを発信して多くの人に知ってもらうことは、ささやかながらも世界にとって意味のあることだと思います。

熊野本宮はかつては日本の宗教の中心地であり、日本にとって特別な場所ですが、世界にとっても特別な場所にすることができたらいいなと思います。

熊野を世界的な観光地にする、世界的な聖地にする。そうすることで世界の平和の構築に熊野が貢献していくことができたらいいな〜と思います。

この後、総踊りとして紀州河内音頭ややたちゃん音頭などの曲を流しますので、ぜひみなさま踊りの輪に加わって踊りを楽しんでください。

これで私の話は終わります。ありがとうございました。

熊野本宮盆踊り大会
後半はみんなで紀州河内音頭や炭坑節などの曲で踊ります。

熊野本宮盆踊り大会
盆踊りはもともと死者を供養する仏教行事ですが、熊野本宮盆踊り大会では、まず神事から始まります。熊野本宮は、盆踊りの原型といわれる踊念仏を行った鎌倉新仏教「時宗」の根源の地です。

てつ

2015.8.16 UP
2015.8.17 更新

 

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