み熊野ねっと

 熊野の歴史や文化、観光名所、熊野古道の歩き方、おすすめの宿などをご紹介しています。

「第2回南紀未来ラボ」のために用意した原稿

 

第2回南紀未来ラボ@南紀串本リゾート大島

2015年12月5日(土)、南紀わかものプロジェクトさまの主催で南紀串本リゾート大島にて開催された「第2回南紀未来ラボ」で、自分の活動や想いについて10分ほど話をさせていただきました。

「南紀未来ラボ」は「地域の最先端が融合し、進化する交流会」。地域に熱い想いを持った人たちが集まり、日頃の活動や地域への想いをスピーカーが語った後、参加者みなでの交流会が行われます。とても楽しく刺激的な時間でした。

以下の文章は、このときのために準備した原稿を加筆修正したものです。

第2回南紀未来ラボ

 

はじめまして。ご紹介いただきました熊野エヴァンジェリストを名乗っております大竹哲夫と申します。よろしくお願いいたします。

エヴァンジェリストというのはもともとはキリスト教の伝道師、伝道者。今では企業の製品のよさをPRする仕事をする人のこともエヴァンジェリストといいます。私は熊野のよさをPRしているということで、熊野エヴァンジェリストを名乗りました。

ますは自己紹介をさせていただきます。田辺市本宮町で暮しています。「み熊野ねっと」という熊野の魅力を情報発信するウェブサイトを運営しておりまして、東は三重県紀北町から西は和歌山県田辺市まで広い意味での熊野を紹介しています。インターネット上ではてつと名乗っていますので、み熊野ねっとのてつさんとか、てっちゃんとか、てつくんとか覚えていただけたら嬉しいです。

「み熊野ねっと」の他にも南方熊楠を紹介するサイトや、『紀伊続風土記』という江戸時代の紀伊国のガイドブックのような本を現代語訳しているサイトなど、複数の熊野関連サイトを運営しています。

熊野のことで詳しく調べようと思って検索したら、かなりのことで私が作っているページが上位に表示されると思います。串本町でいえば橋杭岩で検索したら私の作っているページが10番目以内には表示されていると思います。

重山神社とか、木葉神社とか、明日(12月第1日曜日)執り行なわれるねんねこ祭りとかで検索しても、私のサイトのページが10番目以内に入っていると思います。この大島でいえば雷公神社とか権現島とか海金剛とかで検索しても10番目以内に入っていると思います。

インターネットでの情報発信が活動の中心ですが、時々は人前でお話しさせていただいたり、ごくまれにテレビに出させていただいたりすることもあります。

それから、いま首に3つペンダントをかけていますが、私の手作りで、梛の木の葉っぱとか那智黒石とか備長炭とかで作っています。熊野ならではの商品作りということも行っています。

南方熊楠顕彰会事業部委員ということもさせていただいてまして、南方熊楠顕彰館オリジナルの熊楠Tシャツの制作にも関わらせていただいています。

私がしていることというのは、ウェブサイトにしろ商品作りにしろ、熊野のよさを伝えるということです。

第2回南紀未来ラボ

 

今回、「より良い地域の作り方」をテーマに話してくださいと言われているのですが、地域作りについて語れるほどのことはできていないと思うのですが、私が何かに取り組むとき、大前提としているのは、ここは熊野だということです。ここは熊野で、私は熊野の代表のひとりとしてこのことを行うのだ、と。それが大前提です。

熊野はかつては日本の宗教の中心地でした。日本人の心の拠り所でした。

日本の三大聖地といえば「伊勢、熊野、出雲」といわれますが、日本の歴史を考えたら熊野が圧倒的にスゴいです。

熊野は日本の宗教の中心地であり、日本の文化に大きな影響を与えました。

その熊野にふさわしいことを行う。ふさわしくないことは行わない。

「より良い地域作り」には、まず当たり前ですけれども地域を知るということが必要で、知った上で、地域にふさわしいことをする、ふさわしくないことはしない、という軸を作るということが大切なのではと思います。

グローバル化が進めば進むほど、ローカルな部分の価値を磨きあげて地域の光を世界に対して示していくことが必要だと思いますので、ぶれない軸というのが大切だと私は思います。

それと、軸ということの他に、私にとって重要なのは、そのことが自分のためになって、地域のためになって、それから日本や世界の未来のためになるのか、ということです。自分のことしか考えていない人なんて誰も応援してくれませんので、少しでも世の中をよくしていくことに繫がっていくことに取り組んでいきたいと思っています。


私の夢というのは熊野再興、熊野を再び興すということです。熊野はかつて日本にとって特別な場所でした。しかしながら今それが忘れられているというのが現状です。ですので、熊野を再び日本にとって特別な場所にしたいというのが私の夢です。

東日本大震災後に設置された東日本大震災復興構想会議の特別顧問(名誉議長)をつとめられた哲学者の梅原猛先生が十数年前に新宮市で講演されたときに「熊野から、自然との共存を根底においた生き方、思想を発信せよ」と、そういうことをおっしゃられました。

その梅原猛先生の言葉が私の中で大きなものになっています。

それから最近では生物学者の中村桂子先生が「紀州が(「熊野が」と言い換えてもよいと思いますが)紀州が3.11以降の日本再生のリーダーになってください」と、そういうことをおっしゃられました。

熊野の再興は、日本の再生につながり、そして世界の再生につながる、そういうものだ、と私は確信しています。

熊野信仰の土台の部分には自然崇拝があります。世界的な環境問題のことを考えたら、自然への敬意、人間以外のものへの尊敬の気持ちというものが全人類的に必要とされていると思います。

それから熊野信仰というのは神道と仏教という異なる宗教を共存させてきました。世界各地の紛争やテロなどの根底にはやはり宗教的な対立があります。宗教的な対立が争いを生む、そうした世界の情勢のなかで、熊野では日本では異なる宗教を共生させてきたんだ、そういう歴史があるんだと示すことは、ささやかなことでしかないかもしれませんが、世界にとって意義のあることだと思います。

異なる宗教の共生、異なる文化の共生ということも人類の未来に必要とされていることだと思います。

人類の未来に必要であろうと思われることが熊野にある。熊野を、世界的な観光地、世界的な聖地にしていくことは世界の再生にもつながることだと、私は信じています。

日本の歴史が動くとき熊野が動く。熊野が動くとき日本が動く。そのようにいわれます。

私には小さなことしか出来ませんけれども、私のちっぽけな活動が小さな小さなきっかけのひとつになって、熊野が動き、日本が動き、世界が動く、そのようなことになったら楽しいなと思って、日々の活動を行っています。

ご清聴、ありがとうございました。

南紀串本リゾート大島
南紀串本リゾート大島

南紀串本リゾート大島
南紀串本リゾート大島の露天風呂

てつ

2015.12.6 UP

 

カスタム検索






ページのトップへ戻る