■ 旧てつ日記 | |
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◆ 木について |
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去年(2003)の10月1日の日記。
「自然との共存」を根底とした思想、生き方、行動を熊野に住む我々がどのように示すことができるのか。
このままでいいわけないじゃん。 そんな思いから僕は山村へ移住してきたんだ。 人間は自然(人間の意識が作り出したもの以外のもの)によって生かされている。 僕が日々食べているもの、米、野菜、肉、魚、すべて自然のもの。 水だって空気だって土だって、みんな自然のもの。 家だって衣服だってパソコンだってテレビだってもともとは自然のもの。 当たり前のことだけれどさ、人間は自然によって生かされている。 だけどさ、町中で暮らしていたらさ、そんな当たり前のことさえわからなくなるような気がしてさ。 周り中、人間と人間が作ったものばかりなんだもの。 人間が作ったもの以外のものに囲まれた場所で暮らしたいと思ったんだ。
人間は自然から与えられるばかりで、何も自然に与えることができない。 自分の体を動物に与えたり、植物の養分にしてもらったりすることさえできないわけじゃん。火葬にするわけだからさ。 何も返すことができないんだから、せめて自然に対して慎ましく礼儀正しくあるべきなんじゃないのって思うんだ。 だけど、現状は、人間の活動のために1年に数万種もの生物が絶滅しているという滅茶苦茶な状況らしい。 返すどころか奪うばかりでなんら恥じることのない人間の生き方はやっぱり間違っていると思う。
生物の絶滅とか地球温暖化とかの環境問題を解決するにはさ、みんなが江戸時代くらいのレベルにまで生活水準を落とせばいいことなんじゃないのって思うけれどさ。 難しいよね。みんなが一斉にそうしなきゃ効果ないんだから。 僕個人がそうしたってまったく意味ないし、日本という国全体でしても意味ないんだよね。 世界最大の温室効果ガス(二酸化炭素)の排出国はアメリカだし(世界全体の炭酸ガス排出量の4割をアメリカが占めるんだって)。13億の人口を抱える中国が今の日本並みの生活水準を求めて石炭やら石油やらの化石燃料を燃やすようになったら、もうダメだよね。 世界のすべての人々が一斉にやらなきゃ意味ないんだ。 だったら、生活水準を落とさずに環境問題を解決するって方向性で考えていかないといけないということなんだけれどさ。 どうしたらいい!? 個人レベルで節電とか省エネとかゴミ削減とか洗剤を使わないとかそんな小手先のことじゃどうしようもないよね。
石油を燃やすから空気は汚れるわ、酸性雨は降るわ、大量の炭酸ガスが排出されるわ、温暖化するわ、するわけでしょ。だったら石油の消費を抑えたらいい。 まずさ、人口の都市部への一極集中。これはなんとかしなきゃいけないんじゃないの。 都会に住むってこと事体、大量のエネルギーを必要とするわけだから環境に厳しいよね。 だからさ、都会の人口を田舎に呼び込めばいいんじゃん。 田舎は過疎化で喘いでいるわけだし。本宮町でいえば人口が今の倍になったって問題ないと思うよ。昔は今の倍以上いたわけだし。 都会に住むすべての人に、1年の内の3ヶ月は田舎で暮らすことを義務付けるとかさ。 これは僕のアイディアではなく養老孟司氏のアイディア(養老孟司『いちばん大事なこと 養老教授の環境論』集英社新書)。 養老孟司氏はこれを「参勤交代」といっているよ。 僕は以前は、強制的にさ、都市の人間の一部を田舎に移住させたらいいじゃんって思ってたけどさ。 年収いくら以上とか、世帯主の年齢が何歳以上とか、条件つけてさ、強制的にその世帯をさ。 年商いくら以上の企業は本社を田舎に置かなければならないとかさ。 それに比べたら、養老孟司氏の「参勤交代」のほうが実現可能だよね。 環境問題と過疎問題の両方を解決するためのいい方法だと思うよ。 一部の人ではなくすべての人というのがみそだよ。
石油って燃料として使うだけじゃなくてさ、身近にある様々な製品の原料になっているんだよね。 身近にあるもの、パソコンとかテレビとか冷蔵庫とか洗濯機とか電話器とか衣服とかの、かなりの部分が石油から作られている。プラスチックとか合成繊維とか塗料とかが石油から作られているからね。 自分達の生活の基盤を石油が担っているわけだけど、そもそもこれが問題なんじゃないのって思うんだけれど。 石油って限りがある資源なのに、人間は地球から搾り取るばかりでしょ。 人間が石油を作ることなんてできないのに。 石油って太古の森が化石化してできたものらしいし、化石ができるのには少なくとも数千年以上の時間が必要とされるっていうし、石油となると数千万年の時間がかかるのだろうから、作ることはもちろん、石油ができるための手助けをすることも、たかだか100年程の寿命しかない人間にはできないよね。 奪うばかりというこの人間の生きる姿勢というのが問題じゃないのかって思うよ。
僕は木を伐ったり植えたり育てたりということを仕事にしている。 木は伐ったら、植えて育てることができる。 化石資源や鉱物資源のように取りっぱなしということではない。 木は、材料資源として考えた場合、人間が唯一再生産することができる資源だと思うんだ。 だから、僕は山仕事をしている。しんどいし、収入的には恵まれない仕事だけれど。
木でパソコンとかテレビとか携帯電話とか身の回りのものを作ることができたらいいのにって思うよ。 再生産できない石油より再生産できる木を利用するほうが自然に対して礼儀正しい生き方だと思うから。 でね、実際、できるんだよね。木でパソコンとかテレビとか作るの。 もちろん全部を木で作ることはできないけれどね。木では鉱物資源の代わりにはならないし。 だけど石油で作っている部分のほとんどは木で作れるんだ。 この文章を書く切っ掛けとなったのが、そもそも、そのことを知ったからなんだ。 同じ山の仕事をする仲間に、三重大学の舩岡正光(ふなおかまさみつ)教授の研究のことを教えてもらってね、舩岡教授が著した『夢ある未来の鍵は木 ―分子レベルのリサイクル―』(森の風プロジェクト編)という本を借りてね。 現在の石油化学工業の技術を用いれば、石油から作っている製品の95%までを木から作ることができるんだって。 もちろん木そのままを使うんじゃないよ。 石油が原油そのままを使うのではなく精製して様々な製品を作るように、木を分子レベルの素材に分けて、様々な原材料を合成し、それぞれの原材料から様々な製品を作り出すんだ。 分子レベルで見てみると、木は、炭水化物(セルロースとヘミセルロース)と、リグニンという2種類の物質からできている。炭水化物がだいたい70%で、残りの30%がリグニン。 炭水化物(セルロースとヘミセルロース)は昔から利用されていて、紙や調味料や医薬品などが作られている。 リグニンは石油と同じ分子構造を含んでいて、取り出すことができれば、有用な資源となることがわかっていたけれど、これまでは取り出すことはできなかった。 それを舩岡教授がリグニンと炭水化物をともに取り出す方法を発見してね(取り出したリグニンを舩岡教授はリグノフェノールと名付けた)。 リグニンさえ取りだせれば、あとは現在の石油化学工業の技術で、リグノフェノールから、合成樹脂、合成繊維、ポリエステル、写真用薬品、ナイロン、香料、食品防腐剤、染料、酸化防止剤、表面活性剤、メチルナイロン、可塑剤、熱媒体、などなど現在石油から作り出している製品を作り出すことが可能なんだって。
舩岡教授の研究のいいところは、木を分子レベルの素材に分けて様々な物質を作り出すということだから、山から伐り出した丸太だけでなく、製材するときに出る端材とか、おがくずとか、削りくずとか、家を解体するときに出る廃材とか不要になった家具とか、現在、大量に焼却廃棄されている木質資源を利用できるという点。 地球温暖化が問題になっている今、とにかく木を燃やして廃棄するなんてことはしちゃいけないんだよね。 地球温暖化の原因は二酸化炭素の増加だと考えられている。 木を燃やすってことは二酸化炭素を一気に空気中に放出することなんだ。 木っていうのは動物のように物を食べて自分の体を作っているわけじゃない。 植物だから光合成して、自分の体を作っているんだよね。 光合成というのは、植物が太陽の光を利用して空気中の二酸化炭素と根から吸い上げた水からブドウ糖を合成する働きのことだよ。 つまり木は二酸化炭素と水から自分の体を作っているんだ。 木は自分の体のなかに二酸化炭素を固定しているんだよ。 何十年、何百年、何千年。生きている間はもちろん、伐られて木材になっても、腐らせない限り、ずっと二酸化炭素を固定し続けるんだ。 すごいよね。 光合成することができる植物だけが二酸化炭素を固体にすることができるんだ。 木に固定された二酸化炭素は自然界では何十年、何百年、ときに何千年という長い年月を経たのち、大気中に帰っていく。 それを燃やしたら、一瞬で二酸化炭素を空気中に放出することになってしまう。 化石燃料を燃やしいの、木を無駄に燃やしいのしてたら、そりゃ地球も温暖化もするわね。 無駄に木を焼却処分することがなくなったらいいでしょ。
木から石油に代わる物質を得られる。 いま身の周りにある工業製品の原材料を再生産不可能な石油から再生産可能な木にスイッチすることができる。これってすごいことだよね。 石油に代わって木が人間の生活の基盤を担うようになったらさ、生活の基盤から変わってしまうわけだから、奪うばかりで一向に恥じることのない人間の生き方を変えることができるかもしれないと僕は期待しているのさ。 木が、森林が、自分達の生活の基盤を支えているとなったらさ、人間の森林に対する価値みたいなものも変わってくると思うんだ。 木やその他の植物、二酸化炭素と水から自分の体を作ることができる植物が、命の基本なんだよね。 工業製品の原料がなんであろうとさ。 地球の生態系の基本は植物なんだ。物質でいえば二酸化炭素と水が基本なんだ。 でもさ、木が石油に代わろうが、森林になじみのない都会に住む人にとっては何の変化もないのかもしれない。 で、これまでの生き方のままで、使い捨てでさ、製品を廃棄するときにも焼却処分したり、大規模な森林伐採を行ったりということもあるかもね。 古代の都市は木を伐り尽くして滅んでいったわけだしさ。 そうならないために、舩岡教授は取り出したリグニン(リグノフェノール)に、分子の結合を操作できるスイッチを組み込んだ。 ある操作をすると分子内の結合が切れる。ある物質と反応させると連結する。というような分子内のスイッチ。 これで、リグノフェノールを使って作った製品が不要になったときには、分子内の結合を切って分解し、再び元のリグノフェノールに戻して何度でも繰り返しリサイクルすることができるようになる。またリグノフェノールを使って作る物質に、用途にあわせてなど様々な特性を持たせることができる。 製品を廃棄するときは焼却処分せずにリサイクルする。 分子レベルのリサイクル。何十年、何百年と繰り返しリサイクルしていく。 2、3回リサイクルしたら終わりという現在の小手先のリサイクルじゃなくてさ、もっとずっとずっとリサイクルしていく。 自然界では、二酸化炭素は何十年、何百年、ときに何千年というゆったりとしたリズムで木と大気の間を循環している。そのゆったりとしたリズムに人間の活動を近づけていく。 永続的なリサイクルができたら、すごい画期的なことだよね。 人間がこれからも限りある地球の上で生きていこうと思ったら、絶対に必要なことだと思うし。
舩岡教授の研究が実用化されれば、人間の生き方は変わるのではないか。 再生産可能な木から石油に代わる物質が得られ、しかも、その物質は、繰り返しさまざまな素材へと永続的にリサイクルできる。このシステムが確立すれば、人間の生き方は変わるのではないか。 というか、人間の生き方が変われば、このシステムが確立されるというべきか。 このシステムが確立され、それが世界中に広まったとしたらさ、石油資源のない地域は木を植えるようになるんじゃないかな。現在砂漠みたいなところにも木が植えられれるようになるかもね。 てつ 2004.8.14 UP ◆ 参考サイト
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