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◆ 那智海水浴場(なちかいすいよくじょう)  和歌山県東牟婁郡那智勝浦町浜ノ宮


補陀落渡海の浜も今は海水浴場

那智の浜 JR那智駅のすぐ近くにある和歌山県下屈指のビーチ。

 那智湾に面した砂浜は夏には大勢の海水浴客で賑わいますが、かつて観音の信者が補陀落(ふだらく)浄土を目指して船出したという特異な歴史をもつ浜でもあります。

 補陀落浄土とは南方の彼方にある観音菩薩の住まう浄土のことをいい、「補陀落」とはサンスクリット語の「ポタラカ」の音訳です。
 補陀落浄土は『華厳経』にはインドの南端にあると説かれているそうですが、観音信仰の流布とともに、チベットや中国にも補陀落は想定されました。チベットではラサ北西に建つ、観音の化身ダライラマの宮殿をポタラ(補陀落)宮と呼び、中国では舟山諸島の2つの島を補陀落としました。

 日本においては南の海の果てに補陀落浄土はあるとされ、その南海の彼方の補陀落を目指して船出することを「補陀落渡海(ふだらくとかい)」といいました。
 日本国内の補陀落の霊場としては熊野那智の他に、高知の足摺岬、栃木の日光、山形の月山などがありましたが、記録に残された40件ほどの補陀落渡海のうち半数以上が那智で行われています。

 現在の那智の浜の様子からは、ここがかつては補陀落渡海という凄絶な捨身行が行われた場所であると想像することは難しいですが、近くに補陀落渡海の出発点とされた補陀洛山寺(ふだらくさんじ)という寺があり、その寺の裏山には渡海者の墓が残されています。境内には25名の渡海者の名が刻まれた石碑も建てられており、また、渡海僧が乗りこんだ屋形船を復元したものも境内に建つ建物のなかに置かれています。

那智の浜 那智での補陀落渡海の多くは11月、北風が吹く日の夕刻に行われました。
 渡海僧は当日、補陀洛山寺本尊の千手観音の前で読経などの修法を行い、続いて寺の隣にある三所権現(熊野三所大神社)を拝し、その後、小さな屋形船に乗りこみます。
 渡海僧が船の屋形のなかに入りこむと、出て来られないように扉には外から釘が打ちつけられました。
 渡海船は、白綱で繋がれた伴船とともに沖の綱切島あたりまで行くと、綱を切られ、あとは波間を漂い、風に流され、いずれ沈んでいったものと思われます。
 船には30日分の食料と灯火のための油が積まれていて、渡海僧は、船が沈むまでの間、密閉された暗く狭い空間のなかでかすかな灯火を頼りに、ただひたすらお経を読み、死後、観音浄土に生まれ変わることを願います。そして、そのうちに船は沈み、渡海僧は入水往生を遂げたのでしょう。

 渡海の方法は時代により多少異なるところもあるのでしょうが、補陀落渡海とは、いわば生きながらの水葬であり、自らの心身を南海にて観音に捧げる捨身行であったのです。

 現在ではもちろん、そのような行が行われることはないので、安心して海水浴をお楽しみください。
 また、JR那智駅に隣接して「丹敷の湯」という公衆温泉浴場がありますので、那智湾(丹敷浦(にしきうら)とも那智浦ともいう)の景色を眺めながら温泉に浸かることもできます。

 ◆ 参考文献

加藤隆久 編『熊野三山信仰事典』戎光祥出版
梅原猛『日本の原郷 熊野』新潮社
高野澄『熊野三山・七つの謎』祥伝社 ノン・ポシェット

 

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