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◆ 熊野三所大神社(くまのさんしょおおみわやしろ)  和歌山県東牟婁郡那智勝浦町浜ノ宮  浜ノ宮村:紀伊続風土記(現代語訳)


那智の浜近く、中辺路・大辺路・伊勢路の分岐点

熊野三所大神社

 那智の浜の近く、那智駅から徒歩5分ほどのところにあるこの神社は、熊野三所権現を祀ることから、熊野三所大神社と呼ばれます。元「浜の宮王子」であったため、浜の宮大神社(はまのみやおおみわやしろ)とも呼ばれます。

熊野三所大神社

 熊野詣が盛んだったころには、浜の宮王子とも渚宮王子、錦浦王子とも呼ばれ、熊野九十九王子のひとつで、中辺路・大辺路・伊勢路の分岐点となっていました。那智山参拝前にはこの王子で潮垢離を行って、身を清めたといわれています。

熊野三所大神社

 浜の宮王子前にあった森は「渚の森」と呼ばれ、和歌にも詠まれた名勝の森であったということです。現在はもう森はありませんが、大きく立派な数本の楠がかつてそこに森があったことを教えてくれます。

 むらしぐれ いくしほ染めて わたつみの 渚の森の 色にいずらむ

(『続古今和歌集』 衣笠内大臣)

熊野三所大神社

熊野三所大神社

御祭神について

 祭神は、家津美御子大神・夫須美大神・速玉大神の熊野三所権現。
 摂社として、丹敷戸畔命(にしきとべのみこと。地主の神)・三狐神(食物の神)・若宮跡(浜の宮王子跡)があります。

 丹敷戸畔命とは、『日本書紀』における神武天皇の東征の折の記述に登場する人物で、

 天皇はひとり、皇子の手研耳命(たぎしみみのみこと)と軍を率いて進み、熊野荒坂津(またの名を丹敷浦)に至られた。そこで丹敷戸畔という者を誅された。そのとき神が毒気を吐いて人々を萎えさせた。このため皇軍はまた振るわなかった。

 と、登場してすぐに神武に殺されてしまう土豪の女酋長です(丹敷戸畔の「戸畔」は、女酋長のことを意味します)。詳しいことはまったくわかりません。謎の人物です。
 ちなみに、那智駅に隣接してある温泉の名は「丹敷の湯」といいます。そこで潮垢離ならぬ湯垢離をしてから那智山に向かわれてもいいかも。またはお詣り後にでも。

 また、三狐神もまた、食物の神とされていますが、謎の神様。奈良県十津川村の玉置神社にもこの神様が祀られています(全国熊野神社参詣記の熊野三所大神社の頁もご覧くださいませ。てつ自らの投稿です)。

補陀落渡海の出発点

 那智の主神・牟須美神(ふすみのかみ)の本地仏は千手観音であり、那智は観音浄土「補陀落(ふだらく)浄土」とみなされ、那智の浜に面していた補陀洛山寺が拠点となって、補陀落渡海という一種の入水往生がしばしば実践されました。

 その補陀洛山寺が熊野三所大神社のすぐ隣にあります。
 神社のすぐ隣にお寺があるなんて、と不思議に思われる方もおられると思いますが、かつて熊野ではこれが普通でした。熊野は神仏習合の聖地。熊野信仰は、神道や仏教や修験道が混然一体となり、形作られていたのでした。
 明治の神仏分離、廃仏毀釈により、熊野でも多くの寺院が排され、神道化していきましたが、ここではその神仏習合の名残を見ることができます。

 ◆ 参考文献

加藤隆久 編『熊野三山信仰事典』戎光祥出版
梅原猛『日本の原郷 熊野』新潮社
高野澄『熊野三山・七つの謎』祥伝社 ノン・ポシェット
宇治谷孟『日本書紀(上)全現代語訳』講談社学術文庫

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駐車場:無料駐車場あり
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補陀洛山寺 tel:0735-52-2523

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(てつ)

2001.5.10 UP
2002.6.16 更新
2013.7.21 更新

 


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