み熊野ねっと 熊野の深みへ

blog blog twitter facebook instagam YouTube

南方熊楠「神社領の樹林は実に年来の濫滅を免れいたる諸生物の救命場(アサイラム)」

神社領の樹林は実に年来の濫滅を免れいたる諸生物の救命場(アサイラム)

上述の如く、この由来、科学の研究材料に富める南紀の固有生物は、僅数の官国有林を主として生存せるも、みな道路険難の僻地にありて人家に遠く、陰湿にして永く駐まるべからざる等の不便多し。

これに反し今まで数百千年斧を入れざりし神社領の樹林は実に年来の濫滅を免れいたる諸生物の救命場(アサイラム)にて、官道に近く人家に近ければ百般の便宜多し。

ー 『大阪毎日新聞』投稿原稿、明治43年(1910年)3月24日付

 南方熊楠は神社の森を asylum(アサイラム) だと言いました。

 asylum(アサイラム)について熊楠が所有していた『エンサイクロペディア・ブリタニカ』(第9版) には以下のように説明されています。

ASYLUM, in Greek Antiquities, a temple enclosure, within which protection from bodily harm was afforded to all who sought it and could prove their danger.

ー Encyclopeadia Britannica, Ninth Edition, vol.2, 1878, New York, Charles Scribner Sons

(訳)アサイラム、古代ギリシアでは神殿の囲いのことで、その中では、身体的危害からの保護が与えられた。保護を求めてきて、自身への脅威を証明できるすべての者に対して。
(ブリタニカ百科事典、第9版、第2巻、1878 年、ニューヨーク、チャールズ・スクリブナー・サンズ)

 英語でアサイラム、ドイツ語やフランス語でアジール(独: Asyl、仏: asile)。世俗の権力が及ばない領域で、聖域、避難所、自由領域、平和領域などと訳されます。

 日本に古くからある言葉で言えば「無縁所(むえんじょ)」に近い言葉です。無縁所はすべての世俗的な縁を断ち切った場所。世俗の権力が及ばない領域です。

 熊楠はここではアサイラムを「無縁所」ではなく、「救命場」と訳しました。熊楠独自の訳語か、それとも当時すでにこの訳語があったのか、わかりませんが、「救命場」という言葉は、神社の森という諸生物のアサイラムにふさわしい訳語だと思います。

 人間の活動により生存を脅かされた「諸生物の救命場(アサイラム)」として神社の森は保存しなければならないと、熊楠は訴えました。

(てつ)

2024.5.8 UP

参考文献