世界にまるで不用の物なし
油虫ごとき害虫も、家に留むれば福をもたらすと言うは、よく考えると一理あり。
世界にまるで不用の物なし。多くの菌類や黴菌(ばいきん)は、まことにせっかく人の骨折って拵えた物を腐らせ、悪(にく)むべきのはなはだだしきだが、これらが全くないと物が腐らず、世界が死んだ物で塞がってニッチも三進(さっち)もならず。
そこを醗酵変化、分解融通せしめて、一方に多く新たに発生する物に養分を供給するから、実際一日もなくてならぬ物だ。
ー 「鼠に関する民俗と信念」『南方熊楠全集』1巻
南方熊楠は神社合祀による神社の森の破壊で地域から生物が絶滅するさまを幾度となく目撃してきたことでしょう。
目に付かない小さな植物も、人間にとって役にも立たない変形菌も、あるいはネズミやゴキブリなどの害獣や害虫も、決して世界から失われてよいものではありません。
人間の活動が地球の生態系に与える負荷は熊楠の頃よりも桁違いに大きくなっており、ここ数十年の人間活動が原因で生物の大量絶滅が進行しています。
人類出現以前に過去地球上で起きた生物の大量絶滅は5回あったといわれているが、これら人間活動のない中での大量絶滅には数万年〜数十万年の時間がかかっており、平均すると絶滅した種数は一年間に0.001種程度であったと考えられている。一方人為的活動によって引き起こされている現在の生物の絶滅は、過去とは桁違いの速さで進んでいる。1975年以降は、年間4万種程度の生物が絶滅しているといわれている。
人類出現以前の5回の大量絶滅は1種の生物が絶滅するのは1000年ほどかかっていたと考えられていますが、1975年以降は1年に4万種程度、わずか13分の間に1種の生物が絶滅していることになります。
これまでの5回の大量絶滅は火山の噴火や隕石の衝突、気候変動などの天災が原因だと考えられていますが、現在進行中の大量絶滅の原因は地球の生態系に生きるたった1種の生物である人間が原因です。
たった1種の生物が同じ生態系に生きる他の多くの生物種を絶滅に追いやっていいとは思えません。ここ数十年の人間の活動が原因であるならば人間が現在進行中の大量絶滅を途中で食い止めることも可能でしょう。
人類は社会や経済のあり方を変革すべき時を迎えています。
(てつ)
2024.5.6 UP
参考文献
- 『南方熊楠全集』1巻、平凡社
- 南方熊楠(著)、中沢新一(編)『南方熊楠コレクション 森の思想』河出文庫