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南方熊楠「腐葉土 humus の造成を防ぎしため、年々枯れ行く」

腐葉土 humus の造成を防ぎしため、年々枯れ行く

闘鶏神社
闘鶏神社

これも公園公園といって社を見下し、遊宴場を立つるといって樹を枯らし、腐葉土 humus の造成を防ぎしため、年々枯れ行くを伐りちらし、このクラガリ山、古来有名の冬虫夏草は、今日はなはだ少なくなれり。

ルリトラオノ、ミヤマウズラ、ツルコウジ、わが海辺の低地には珍しく、この上にありしが、みな絶滅す。

ー 松村任三宛書簡、明治44年(1911年)8月29日付( 『南方二書』)『南方熊楠全集』7巻

 南方熊楠がクラガリ山と呼ぶ闘鶏神社の森についての文章です。熊楠は森におけるフムス(humus)の重要性をとくに訴えていました。

 フムスを熊楠は腐敗土とか腐土、腐葉土と訳していますが、今は腐植土と訳されます。動物の遺骸や植物の落ち葉などが腐ってできた土です。腐植土には菌根菌(mycorrhizal fungi)が菌糸を張り巡らせています。

 菌根菌は植物の根と共生して植物にリン酸や窒素を供給する菌類です。菌根菌は植物の根に侵入して定着し、共生してミコライザ(熊楠は根菌と訳していますが、今は菌根と訳されます)を形成し、植物にリン酸や窒素を送り、植物からは光合成産物を分けてもらいます。

下ばえが腐化してフムス(腐敗土)を形成し、これにミコライザ(根菌)という微細の菌が生じ、その作用にて腐土より滋養分を取り、大なる草木を養成するのが通例なり。

ー 「神島の珍植物の滅亡を憂いて本社に寄せられたる南方先生の書」『牟婁新報』明治44年(1911年)8月6日付

 森の中の地面に生えるキノコの多くは菌根菌です。腐植土がなくなると、菌根菌が死滅してしまい、植物は養分を吸収できなくなって枯れていきます。菌根菌という小さな生き物が草木の命を支えているのです。

 腐植土の造成が妨げられ、木々が枯れ、伐られていった闘鶏神社の森からは、昆虫などに寄生してキノコを生やす冬虫夏草が激減していきました。

 ルリトラオノは闘鶏神社の森から絶滅しました。ルリトラオノは虎の尾に似た瑠璃色の花を咲かせる多年草で、現在は滋賀県・岐阜県境の伊吹山の周辺地域にのみに自生しており、環境省のレッドリストの絶滅危惧II類(VU)に指定されています。


ルリトラノオ、伊吹山、滋賀県米原市にて Alpsdake - 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 3.0, リンクによる

 地生ランのミヤマウズラも、蔓性の茎が地上を横に這う常緑小低木のツルコウジも闘鶏神社の森から絶滅しました。

 豊かな森には、土の中に極めて多様で豊かな菌根菌の菌糸のネットワークがあります。土壌中に多様な微生物の世界があります。土壌中の生物の豊かさが、地上の生物の豊かさをもたらします。

 多様な生き物が複雑に関係を持ちながら成り立っている森を土ごと丸ごとを守ろうとしたのが熊楠の自然保護運動でした。

(てつ)

2024.5.15 UP

参考文献