岩窪一尺四方ばかりのうちに落葉落ち重なれるに…混生する所あり
ヒナノシャクジョウ
たとえば、岩窪一尺四方ばかりのうちに落葉落ち重なれるに、ルリシャクシャクジョウ、ヒナノシャクジョウ、オウトウクワとホンゴウソウ、また Xylaria filiformis と覚しき硬嚢子菌混生する所あり。
ー 松村任三宛書簡、明治44年(1911年)8月29日付( 『南方二書』)『南方熊楠全集』7巻
南方熊楠が帝国大学理学部植物学科教授の松村任三氏に宛てた書簡の中の一文。
植物についての知識のない人なら読みとばしてしまうような一文にじつはものすごいことが書かれています。
たとえば、岩の窪みのわずか30cm四方の落ち葉の積み重なった所に、 ルリシャクシャクジョウ、ヒナノシャクジョウ、オウトウクワとホンゴウソウ、また Xylaria filiformis (マメザヤタケの一種)と思われるキノコが混生する所がある。
ルリシャクシャクジョウ、ヒナノシャクジョウ、オウトウクワ(※キヨスミウツボ)とホンゴウソウ。この4種は光合成しない無葉緑植物です。
そのうちの3種、ルリシャクシャクジョウ、ヒナノシャクジョウ、ホンゴウソウは菌類から養分をもらって生活する菌寄生植物(菌従属栄養植物)で、 残りの1種キヨスミウツボはアジサイ類やマタタビ類などに寄生する植物寄生植物です。
Phacellanthus tubiflorus(キヨスミウツボ) by OpenCage CC 表示-継承 2.5, リンク
ルリシャクジョウは和歌山県では確認できず、絶滅してしまったようです。
光合成をやめて他の生物に寄生して生きる植物は森の豊かさの象徴するものです。とくに菌類に寄生する植物の豊かさは、土壌中の菌類の豊かさがもたらすものです。土壌中の菌類の豊かさが地上の森の豊かさを育みます。
熊楠はこの一文で松村に熊野の森の豊かさを伝えました。
(てつ)
2024.5.11 UP
参考文献
- 『南方熊楠全集』7巻、平凡社
- 南方熊楠(著)、中沢新一(編)『南方熊楠コレクション 森の思想』河出文庫
- 加藤真『生命は細部に宿りたまう――ミクロハビタットの小宇宙』岩波書店