神林を掃除せよと毎々命ずるので、腐葉土なくなり行き、毎年、楠やシイが枯れ行く
当地に近き稲成村の稲荷社の神林ごときは、幸いに今日まで大いに伐り取られず、ヨウラクラン、カヤラン、ミヤマムギラン、シソバウリクサ、ホングウシダ、シャクジョウソウ等多きのみならず、小生図するところの帽菌およそ四百ほどあり。…
これも例の俗吏が神林を掃除せよと毎々命ずるので、腐葉土なくなり行き、毎年、樟やシイが枯れ行く。
ー 松村任三宛書簡、明治44年(1911年)8月31日付( 『南方二書』)『南方熊楠全集』7巻
南方熊楠がよく採集に訪れた伊作田稲荷神社の森についての文章です。
熊楠は生涯に数千点の菌類の図譜を作成しましたが、伊作田稲荷神社の森から得た帽菌類(いわゆるキノコ型をしたキノコ)の図譜だけでおよそ400点を数えるほどにその森は豊かでした。
森の豊かさは土壌の豊かさを土台とします。ここでは熊楠は腐葉土と訳していますが、森におけるフムス(humus)の重要性を熊楠は訴えました。 フムスは今では腐植土と訳されます。動物の遺骸や植物の落ち葉などが腐ってできた土です。
腐植土には菌根菌(mycorrhizal fungi)が菌糸を張り巡らせています。菌根菌は植物の根と共生して植物にリン酸や窒素を供給する菌類です。森の中の地面に生えるキノコの多くが菌根菌であり、菌根菌は植物の根に侵入して菌根という共生体を作り、植物にリン酸や窒素を送り、植物からは光合成産物を分けてもらいます。
腐植土がなくなると、菌根菌が死滅してしまい、植物は養分を吸収できなくなって枯れていきます。だから熊楠は、神社の森を掃除するな、と訴えました。掃除すると腐植土がなくなっていき、木々が枯れていく、と。菌根菌という土壌中の小さな生き物が草木の命を支えているのです。
ヨウラクラン Naoki Takebayashi from Fairbanks, AK, USA - Oberonia japonica, CC 表示-継承 2.0, リンクによる
カヤラン user:Keisotyo - 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 3.0, リンクによる
シソバウリクサ Keisotyo - 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 4.0, リンクによる
ホングウシダ Keisotyo - 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 4.0, リンクによる
シャクジョウソウ Qwert1234 - Qwert1234's file, CC 表示-継承 3.0, リンクによる
(てつ)
2024.5.17 UP
参考文献
- 『南方熊楠全集』7巻、平凡社
- 南方熊楠(著)、中沢新一(編)『南方熊楠コレクション 森の思想』河出文庫
- 『牟婁新報』