般若心経を唱えている者だけが救われた話
和歌山県田辺市本宮町の民話にこのようなものがあります。
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山稼ぎに行った若者たちのなかにひとり、般若心経を覚えかけていてたどたどしく唱えていた者がいた。他の連中は「十分に覚えてもいない心経を山などで唱えてはいけない。そんなことをしていたら、今に罰が当たる」と冷やかしていたが、その若者は暇さえあれば、一生懸命唱えていた。
ある晩、小屋の山の上から「毎晩毎晩心経を唱えている男、外へ出ろ」との怒鳴り声が聞こえる。小屋の連中は「神様が怒って、お前を連れ出しに来たのだろう」と若者を脅す。
若者は、やむを得ず外へ出た。すると、小屋の上のほうから岩が地響きを立てて崩れ落ち、小屋のなかにいた者はみな死んでしまったという。
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熊野からは少し外れますが、同じ田辺市内の龍神村にこんな話があります。
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龍神村の小又川に大きな樅(モミ)の木があった。
あるとき、8人の木こりがこの木を伐りにかかったが、大きな木なので1日では伐り倒せず、日が暮れると仕事を途中で止めて帰った。ところが、翌朝、行ってみると伐り口は消えて元通りになっていた。
不思議に思って、木こりたちが夜、様子を見ていると、真夜中に蒼い衣を着た小坊主姿の木の精があらわれ、木の伐り屑を拾い集めて伐り口に詰め込んでいた。
そこで次の日から、木こりたちは日暮れになると、その日の伐り屑を拾い集めて焼くことにした。そして7日目にようやく伐り倒すことができた。
すると、その夜、夜更けに大勢の木の精がやってきて、木こりたちの枕をひとつひとつひっくり返していった。
この木こりたちのなかにひとり、暇さえあれば般若心経を唱えている男がいた。枕返しが枕を返しに来たとき、この男はふと目を覚まし、枕元で、枕返したちが「こいつはいつも般若心経を唱えている信心深いやつだから、助けてやろう」と話し合っているのを聞いた。枕返したちはこの男の枕は返さずに引き上げていった。
夜が明けると、この男を除いて、他の7人の木こりはみな死んでいた。
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伐っても伐れない木のお話ですが、この話では般若心経を唱えていた者だけが救われました。
般若心経
仏説摩訶般若波羅蜜多心経
観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空度一切苦厄舎利子色不異空空不異色色即是空空即是色受想行識亦復如是舎利子是諸法空相不生不滅不垢不浄不増不減是故空中無色無受想行識無眼耳鼻舌身意、無色声香味触法無眼界乃至無意識界無無明亦無無明尽乃至無老死亦無老死尽無苦集滅道無智亦無得以無所得故菩提薩埵依般若波羅蜜多故心無罜礙無罜礙故無有恐怖遠離一切顛倒夢想究竟涅槃三世諸仏依般若波羅蜜多故得阿耨多羅三藐三菩提故知般若波羅蜜多是大神呪是大明呪是無上呪是無等等呪能除一切苦真実不虚故説般若波羅蜜多呪
即説呪曰羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶
般若心経
(てつ)
2020.5.15 更新
参考文献
- きのくに民話叢書1『熊野・本宮の民話』和歌山県民話の会
- 文・和田寛 絵・松下千恵『紀州おばけ話』名著出版