■ 熊野の説話

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◆ 前世を知った法華持経者


 『大日本国法華経験記』に納められ(中 第八十)、『今昔物語集』にも採られた(巻第十四、第十八)、法華持経者のお話。

僧明蓮、持法花知前世語

 今となっては昔のことだが、明蓮(みょうれん。河内国の深貴寺の僧)という僧がいた。幼くして親の家を離れて、法隆寺に住して、師に従って法華経を受け習って、日夜読誦する。
 後にはそらで誦し奉ろうと思って、第一巻から第七巻に至るまでそらで誦した。第八巻に至ると、忘れてそらで誦することができなかった。

 であるので、長い歳月を憶えないで誦していたところ、ますます忘れて、第八巻を少しも憶えられなかった。自分の根性が鈍であることを嘆いて、
 「上の七巻の経をも、私はまったく誦することができない。根性が聡敏であるならば第八巻をも憶えられるだろうに、どうして、上の七巻を一年の内に憶えて、第八巻に至ると、長年、心を尽くして読誦したけれども憶えられない。であるので、仏神に起請してこのことを知ろう」
 と言って、稲荷に参って、百日籠って起請するも、そのしるしはなかった。長谷寺・金峰山にそれぞれ、一夏
(いちげ。安居。夏の3ヶ月を室内に閉じ籠って修行すること)の間、籠って起請するも、またそのしるしはなかった。

 熊野に参って百日籠ってこのことを起請すると、夢で、熊野権現が「私はこのことでは力が及ばない。すみやかに住吉明神に申し上げなさい」と示しておっしゃった。
 明蓮は夢の告げによってすぐに住吉に参って、百日籠って、このことを起請すると、夢で、明神が「私もまたこのことを知らない。すみやかに伯
耆大山(ほうきだいせん。鳥取県西部にある山陰地方の最高峰。修験の山であった)に参って申し上げなさい」と告げておっしゃった。

 明蓮は夢の告げによってすぐに伯耆の大山に参って、一夏の間、心を尽くして、このことを起請すると、夢で、
 「大智明菩薩が告げておっしゃった。『私が汝の本縁を説こう。疑うことなくよく信じよ。美作(みまさか。今の岡山県北部)の国の人が食糧・米を牛に負わせて、この山に参って、牛を僧坊に繋ぎ置いて、飼い主は神殿に参った。
 その僧坊に法華の持者がいて、初夜(今の午後八時頃)から法華経を読誦する。第七巻に至るときに夜が明けた。牛は終夜、経を聞いたが、飼い主が帰ったので、第八巻を聞かずに、飼い主に従って本国に帰った。
 その牛はつまり汝の前世の身である。法華経を聞き奉ってたことによって、畜生になる報いを捨て、人の身を受けて僧となって法華経を誦する。第八巻を聞かなかったことによって、今生でその巻を憶えられないのだ。汝は、身口意の三業を調えて法華経を読誦すれば、来世に兜率天に生まれることを得るだろう」と見て、夢から覚めた。

 その後、明蓮ははっきりと宿因を知って、心を一にして伯耆大山の権現に申し上げて言った。
 「愚かな牛が法華経を聞いて、畜生の苦果を離れて、人と生まれて、法華経を信仰する僧となる。人として仏説のごとく修行して得られる功徳は、いかほどであろうか。ただ仏のみがお知りになるのだろう。
 願わくは、私は、世々に諸尊を見奉り、その生きている間、生きている間、法華経を聞き奉って、常に怠ることなく修行してすみやかに無上の菩提を証せん」

 この願いを起こして後、伯耆大山の権現に礼拝して帰り去った。その後のことは知らないと語り伝えるとか。

 熊野(および大峰)は、上皇による熊野御幸が行われる以前は、各地からの修行者たちが集まる山林修行の地として知られていました。熊野・大峰で霊験を感得した修行者の話は数多く残されています。

 そのため、この法華持経者も熊野に参って百日籠ったわけですが、熊野権現は力及ばずに「住吉に参れ」といい、住吉も力及ばずに「伯耆の大山に参れ」という。伯耆大山でやっとのこと、答えを得るわけです。

 熊野に住む人間としてはちょっと悔しいようなお話ですがf(^-^; ポリポリ

(てつ)

2005.8.9 UP

 ◆ 参考文献

日本古典文学大系『今昔物語集 三』岩波書店
佐藤謙三校注『今昔物語集 (本朝仏法部上巻)』角川ソフィア文庫

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