み熊野ねっと 熊野の深みへ

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熊野謎解きめぐり 大地がつくりだした聖地
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熊野神社:愛知県安城市尾崎町亥ノ子19

河合さんからご投稿いただきました。ありがとうございます。河合さんのHP「まちもよう」はこちら

熊野三山検校・良尊法師が置いた祈祷所が熊野神社に

熊野神社本殿

由緒等

土地の古老の話の伝聞によると、和銅の昔、豊阿弥長者が屋敷の北に御堂を祭り、後の承久の変の頃、熊野三山の検校職(僧侶・寺社の総取締役)良尊法師により碧海郡(今の安城市、刈谷市など)に21箇所の祈祷所がおかれ、うち1箇所が熊野神社として受け継がれたもの。

<出典:平安鎌倉古道>

注:境内内に説明したものがなく、聞くべき土地の人にも恵まれず、市史や愛知県神社名簿などを調べましたが、詳細が不明でしたので、参考書を引用させていただきました。

熊野神社鳥居

当熊野社は、旧東海道の江戸から83番目の「尾関の一理塚」傍にあります。
また、古は京鎌倉を結ぶ「鎌倉街道」が神社の西側を通過し、当地で京から来た場合、右手(南)に向きを変えるため神社の森を「踏分の森」と称されています。

熊野神社付近の東海道松並木
熊野神社付近の東海道松並木

東海道尾崎一理塚の碑と鎌倉街道の説明文
東海道尾崎一理塚の碑と鎌倉街道の説明文

熊野神社西側の鎌倉街道跡
熊野神社西側の鎌倉街道跡

岡崎海軍航空隊

長い歴史の感覚では最近という表現になりますが、第二次世界大戦の末期、当神社の周囲(岡崎市、安城市、豊田市にまたがる)が飛行予科訓練生の即戦力養成を主任務とする「岡崎海軍航空隊」が昭和19年4月設置され、翌5月15日の第一期生に始まり、敗戦までに5849名が6ヶ月の訓練を終了しています。(平成3年、新編岡崎市史)
航空隊ですが、滑走路はなく、訓練終了生は、各実践航空隊に実務訓練生として配備されたそうです。(案内板の内容)

正面右手に設置されている予科練の碑(昭和61年5月建設)
熊野神社正面右手に設置されている予科練の碑(昭和61年5月建設)

航空隊見取り図
航空隊見取り図(一部) 見取り図全体を見る

敗戦後、80余町(約80万平方メートル)の航空隊跡地は、引揚者の開拓地に転用され、その中心に設置された高さ約5Mの記念碑は、航空隊基地で使用していたコンクリート製監視塔を有効利用したものです。
この碑は、昭和30年設置のため、人間の手で約1キロほどを転がして運んだと、戦前からの地主である80歳代の古老からお聞きしました。

開拓記念碑
開拓記念碑(航空隊が使用した飛行機監視塔を再利用し、昭和30年3月建設)

(河合さん)

No.468

2005.11.8 UP
2021.5.21 更新

参考文献



愛知県安城市尾崎町亥ノ子

読み方:あいちけん あんじょうし おざきちょう いのこ

郵便番号:〒446-0004

安城市HP

安城市 - Wikipedia
安城市(あんじょうし)は、愛知県西三河地方の市。