奈良時代の創建と伝わる
旧地名は篠木村大字熊野字中間1349
創建の古いお宮さん 町外れにひっそり佇む小さなお社
春日井市の町外れ、庄内川の左岸近くにある創建の古い(養老2年)お宮さんです。
近くには、尾張徳川家とゆかりの深い密蔵院が、また北へ約5kmにはヤマトタケルノミコトの伝説のある内々神社(うつつじんじゃ)があります。
さらに南東へ約2kmに平安時代に日本の書道の基礎を築き「三蹟」のひとりとされる、小野道風出生伝説地があります。
またさらに南東へ約3kmには、味美古墳群(5世紀前半から6世紀中頃まで継続して築かれた首長墓)があります。
古くから交通の要所として栄えてきたところだということが分かります。
由来。創建当時から熊野神社であったかどうかはこの由来からは不明。
拝殿。
拝殿の見事な彫り物。
なぜかお地蔵さま?が。何か謂れのありそうなお地蔵さんです。
参拝後記
地名に熊野とあるので、かなり大きなお宮さんかなと、最初は思っておりましたが、こじんまりしたお社でした。
春日井というと、今は名古屋のベッドタウンであり、何となく新開地というイメージがありますが、大昔から拓けた土地であったんですね。
隣接して、条里制の名残と思われる「下条」などの地名も見られます。
どこか奈良の郊外にも似た印象を持ちました。
熊野神社へお参りする前、隣の密蔵院さんもおまいりしました。
今はひっそりしたお寺ですが、最盛期には学生3000人を抱える天台宗の大寺であったようです。
このお寺には、なぜか大きな講堂風の建物が併設されていましたが、
あとでネット検索していると、これは河田蚕種製造所といって、嘗ては全国一の規模(一時は70%のシェア)を誇った蚕種(おかいこさん)の会社の建物だと分かりました。
農業のとても盛んな土地柄だったんですね。
余談ですが河田蚕種製造所はその後、カネボウに吸収されました。
そのカネボウも現在大幅なリストラ中で、繊維部門を譲渡することが決まりました。
グローバル化の大きなうねりが、押し寄せているんですね。
何の変哲もなさそうな町並みも、少し掘り下げると多くの人々の営みの痕跡が伺えます。
大昔から、人々と一緒に歩んできた熊野神社。
これからもずっとここから見守り続けてくれることでしょう。
付近の史跡
アクセス
・JR中央線春日井駅又は神領駅から車で10分
・かすがいシティバス地域連絡線 熊野町下車徒歩約15分
・春日井I.C.から約10分
(儀平の饅頭食べ隊さん)
No.495
2006.1.9 UP
2021.7.1 更新