丹羽郡大口町秋田2丁目?
熊野社は、犬山市を軸に扇を開いた形態の濃尾平野の上手(中心に近い)の大口町にあり、古来から水に不自由した地域であった。
江戸幕府になり、慶長13、14年(1608~1609)木曽川左岸に御囲堤(おかこいてい)が築造され、中小河川が締め切られ、更に水が不足した。
このため農業用水を給水する般若用水や大江用水が建設されたが、高台にある大口町や小牧市には恩恵がなく、別途、犬山市の南部に農業用溜池である入鹿池が1633年完成し、新田開発が行われたという。
最近、木曽川の歴史に関心を持つ私には、神社の由緒は水と新田開発の記録とも思われた。
入口の社標と境内。水が少ないため右は畑です。
熊野社と入鹿早雲由来の石碑。
御祭神
伊邪那美命
伊邪那岐命
建連須佐之男命
火之迦具土神
御由緒
境内の由来を記した石碑によると、創建は不詳であるが、先の御祭神を護神として寛文2年(1662)のころ、小笠原宗雲(早雲とも)他数名がこの地に入植、入鹿用水を利用して開拓に当たると伝えられる。
(河合さん)
No.970
2009.6.6 UP
2022.2.25 更新