今川の家臣久野清兵衛宗政の創建と伝わる熊野神社
東海市史には、永禄3年(1560)、桶狭間の合戦後、加木屋に移り住んだ今川の家臣久野清兵衛宗政の創建によるといわれる。
「調宝記」には、「加木屋村氏神は、久野清兵衛宗政の寄進に、元は清兵衛屋敷内にあり、永禄年中建立の所、今北の森へ移し候、宝永年中(1751~63)」という内容で説明されている。
大府市の(吉田)熊野神社を西進し知多半島道路を過ぎると伊勢湾を向いた地形になります。
東海市は、名古屋港臨界工業地帯の一角に位置し、
旧知多街道に面した神社の周辺も都市化が進み、民家に囲まれた参道は、探すに苦労しました。
神社の境内は、狭いながらも緑が多く、拝殿・本殿も立派で地域の豊かさを感じさせてくれました。
第二鳥居と社標です。鳥居には、色つきの扁額が架けられています。
摂社前の常夜灯群です。
日本酒の樽飾りです。知多半島は海運に恵まれ、 日本有数(第五位前後)の清酒産地です。
御祭神
速玉男命 伊弉册命 事解之男命
御由緒
社伝によれば永禄年中(1558~69)の建立なるも、その鎮座地は不明である。
(愛知県神社名鑑)
(河合さん)
No.1087
2009.10.3 UP
2020.6.3 更新
参考文献
- 『愛知県神社名鑑』