吉田城主久世氏の崇敬を受けた熊野神社
日本三大稲荷(豊川、伏見、成田)の一つといわれる豊川稲荷の東方約1キロの場所にあり、江戸時代の通称:姫街道に面しています。
街道に面していたことから、中世の鎌倉街道が通っていた説もあり、その探索の経路で立ち寄りました。
日曜日のお昼頃に到達したのですが、東名高速道路豊川インターに近いことから、車の洪水でした。
そのなか地図を見ながら自転車でウロウロと探索、移動しました。
小さいながら木立ちがあり、いい雰囲気でした。
扉が開いており、中をみることができましたが、内外には「熊野社」の扁額をみることができませんでした。
前方東が姫街道で浜名湖の北側に至ります。左右の道がR151で左北方向2キロに豊川I・Cがあります。
旧東海道は右約5キロ先です。その先は三河湾で、トヨタ田原工場に向かう臨界道路となります。
御由緒
(境内にある神社由緒諸記から引用)
本坂街道(通称:姫街道)に面している。
この地に紀伊の国 熊野より新宮大明神を奉斎創始する。
棟札は万治2年(1556)である。以後、吉田城主久世氏の崇敬を受ける。
当神社の御祭神は伊邪那美命にて世俗神宮大明神と称される大神様であります。
新宮大明神は紀伊の国熊野にある本宮・新宮・那智の三社の一つ新宮なり。
この三社が世俗熊野三山、三社権現又は熊野権現という。
(河合さん)
No.905
2009.3.12 UP
2022.3.29 更新