鎌倉時代初期の武士・富田親家の勧請と伝わる熊野神社
場所
JR本庄駅より徒歩20分 。
道路に沿って、鳥居が三基並んでいる。
左から、熊野十二社神社、愛宕神社、八坂、金鑚神社である。
愛宕神社は古墳の上に鎮座。これは東富田古墳群の中のひとつである。
御祭神
国常立尊 (境内の表示による)
御由緒
旧富田村は鎌倉街道が通り、平安末期には武蔵七党児玉党の支族富田氏の本拠地であり、富田三郎親家(とみだ さぶろう ちかいえ)が居館を構えていた。
口碑によると、この親家が当社を紀伊国の熊野那智大社から勧請するとともに、境内のすぐ北隣に祈願所として冨田寺(ふくでんじ)を開基し、当社の社務を兼帯させたという。
現在の社殿は、延享年間(1744-48)に建てられたといわれる。
(埼玉県神社庁編「埼玉の神社」参照)
冨田寺
(TATSUさん)
No.527
2006.4.14 UP
2021.5.3 更新
参考文献
- 埼玉県神社庁編『埼玉の神社』