江戸時代の開拓地・十太夫新田に鎮座
場所
旧流山市十太夫132
道路と住宅地に挟まれる形で神社が存在しています。
都会の中に存在する神社はこんな形になっていくのでしょうか?
しかし、境内にはいると社殿は立派なものです。
境内の左奥に境内社として、天満宮と稲荷神社がありました。
境内社
御祭神
熊野大神(熊野夫須美大神・家津美御子大神・熊野速玉大神)
御由緒
御由緒(神社由緒書きより)
1.御創建は、明治年間より、千葉県知事保管の神社明細帳に不詳と記載されているが、江戸時代中期の古文書に、十太夫新田の地名が見え、その頃鎮座と古伝にあり。
1.御祭神は、熊野夫須美大神(伊弉冉尊)、家津美御子大神(素盞鳴尊)、熊野速玉大神にましまし、総称して熊野大神と称え奉る。
1.御神徳は、白河法皇をはじめ、皇室の崇敬あつく、又蟻の熊野詣で知られる如く、衆庶の信仰をもあつめ、当地鎮座後も氏子はもとより広く崇敬者から、家内安全、身体健全、学業成就、除災招福など御神徳を仰いで今日に至る。尚当社殿は昭和五十一年の完工であります。
(以下略)
(山濱さん)
No.28
2001.2 UP
2020.3.17 更新