■ 熊野の説話

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◆ 雨月物語「蛇性の淫」3 再会


 さて。

 二番目の子である姉の家は石榴市(つばいち。奈良県桜井市三輪町にあった)という所に、田辺金忠(たねべのかねただ)という商人であった。豊雄が訪ねて来るのを喜び、一方では先だっての事ごとを気の毒がって、「いつまでも長くここに住め」と言って、親切にいたわった。
 年が変わって、二月になった。 この石榴市というのは、長谷寺が近い所であった。数ある仏様のなかでも長谷が霊験あらたかなのは中国まで伝わっているといって、都から田舎から詣でる人が春にはとくに多かった。詣でる人は必ずこの石榴市に宿泊するので、宿屋が軒を並べて旅人をとどめた。

 田辺の家は灯明や燈心の類いを商っていたので、いっぱいに人が立ち入ったなかに、都の人の忍びの参詣と見えて、たいへんきれいな女がひとりと年若い侍女ひとりが薫物(たきもの。種々の香を合わせて作った練香(ねりこう)を求めてここに立ち寄る。
 この年若い侍女が豊雄を見て、「私のご主人様がここにいらっしゃるわ」と言うので、驚いて見ると、あの真女子と侍女のまろやである。「ああ、恐ろしい」と言って内に隠れる。

  金忠夫婦は「これは何か」と言うと、「あの鬼がここに追って来た。あれにお近づきにならないでください」と隠れ惑うのを、人々は「それはどこに」と立ち騒ぐ。
 真女子が入って来て、「みなさん、あやしみなさいますな。 我が夫よ、恐れなさいますな。私のいたらなさから罪に落とし申し上げたことの悲しさに、いらっしゃる所を探して、事の理由も語り、ご安心させましょうと思って、お住まいを尋ねてまいりましたが、その甲斐あってお会いできましたことの嬉しさよ。
 この家のご主人様、よく聞き分けてくださいませ。私がもし妖怪であるならば、この人の激しい往来がある上に、このようなのどかな昼間にどうして姿を現しましょうか。着物には縫い目があり、太陽に向かえば影がある。この正しい道理を納得してくださって、お疑いをお解きくださいませ」と言う。

 人に化けた妖怪の見分け方。妖怪はどんなにうまく化けても、着物には縫い目がなく、太陽に当たれば影ができないという俗信がありました。

 豊雄は少し人心地がついて、「お前は本当に人ではないわ。私は捕われて武士たちとともに行って見ると、昨日とは違ってひどく荒れ果てて、本当に鬼が住むべきような家に一人いたお前を、人々が捕らえようとすると、快晴の空に突然、激しい雷を落として、お前が跡形なくかき消えたのを目の当たりに見たのに、また追って来て何をしようというのか。すみやかに去れ」と言う。

 真女子は涙を流して、「本当にそうお思いになるのはごもっともですが、私の言うことも少しの間、お聞きくださいませ。あなたが公庁にお召されになると聞いてから、常日頃、目をかけていた隣の老人たちを味方に付け、急に荒れ果てた家のようにこしらえました。私を捕らえようとしたときに、雷を響かせたのは、まろやが計略にかけたのです。
 その後、船を求めて難波のほうに逃れたけれど、御消息を知りたいと存じまして、 ここ長谷の御仏に願をかけたところ、二本の杉のように(『古今集』巻十九「はつせ川ふる川のべにふたもとある杉としを経てまたもあひみむ二本ある杉」より)効果があって、嬉しくも再会の時にめぐりあえたことは、本当に大悲の長谷観音の御徳を受けたものでございます。
 種々の神宝はどうして女が盗み出せましょうか。前の夫がよからぬ心で行ったことでしょう。よくよくご理解くださいまして、私が貴方を思い慕っている気持ちを、露ほど少しだけでもお受けくださいませ」と言って、さめざめと泣く。

 豊雄は一方では疑い、一方では憐れんで、言い返す言葉もない。金忠夫婦は、真女子の事情がわかって、この女らしい振る舞いを見て、少しも疑う心なく、「豊雄が語るのを聞いていると、世にも恐ろしいことだなと思ったが、そのような例がありうるような世でもないことだ。はるばると迷いこちらをお訪ねになった御心のいじらしさに、豊雄が承知しなくとも、我々がおとどめ申し上げましょう」と言って、一室に迎え入れた。
 ここで一日二日を過ごすうちに、金忠夫婦が気に入るようにして、ひたすら嘆き、金忠夫婦を頼りとした。その志の篤さを愛でて、豊雄を勧めてついに婚儀を取り結んだ。豊雄も次第にうち解けて、もとより容姿のよいのを愛で喜び、行く末までも変わるまいと誓い合って、契り、ただ再会の時の遅さを恨んだ。

 三月にもなった。金忠は豊雄夫婦に向かって、「都の辺りとは似ようもないが、と言っても、紀州路よりはすぐれておりましょう。吉野は、春がとてもよい所です。三船の山、菜採川(ともに吉野の歌枕)は、いつも見ていても飽きないですが、今の時節はどんなにかおもしろいことでしょう。さあ、お支度をして出かけましょう」と言う。
 真女子は微笑んで、「吉野は、都の人も見ないのを残念だと申しておりますが、 我が身は幼い頃から人が多い所、あるいは長い道のりを歩くと、必ずのぼせてしまう持病があるので、お供できないのはたいへん残念です。山のお土産を心待ちにお待ち申しております」と言うのを、 「それは歩いていくなら持病が起こり苦しいことでしょうよ。車は持っていないが、なんとしても土はお踏ませ申し上げません。お残りになっては、豊雄がどれほどにか心もとないことでしょう」と言って、夫婦がしきりに勧めるので、豊雄も「このように頼もしくおっしゃっているのに、道中で倒れるとも行かねばいけない」と言ったので、いやいや出かけた。一行は華やかに着飾って出発したが、真女子の綺麗なのには比べるものにもならない見えた。

 熊野とは大峰山系で結ばれる吉野。大峰山系は修験道の根本道場とされ、山々そのものが曼荼羅世界であると考えられました。曼荼羅とは仏の悟りの境地を具象化したものであり、修験道では山中の自然の存在ことごとくを大日如来の説法として受けとめるのです。
 曼荼羅には金剛界曼荼羅と胎蔵曼荼羅の両部曼荼羅があり、大峰山脈も熊野側を金剛界曼荼羅、吉野側を胎蔵曼荼羅として見ていました。
 金剛界曼荼羅は宇宙の精神的世界を表現し、完成された智恵を象徴しているようです。胎蔵曼荼羅は宇宙の物質的世界を表現し、絶対の理法を象徴するようです。金剛界は男性原理に、胎蔵は女性原理も例えられます。

 吉野金峰山寺の某の院はかねてから親しい間柄であったので、ここを訪れる。主の僧が迎えて、「今年の春はお詣でになるのが遅かったですね。花も半ば散りすぎて、ウグイスの声もやや乱れているけれど、まだいくらかよい所へご案内しましょう」と言って、夕食に精進料理をととのえて食べさせた。
 明けゆく空はたいへん霞んでいたが、晴れるにしたがって見渡すと、この院は高い所にあって、あちらこちらに僧坊がはっきりと見下ろせる。山の鳥たちもどことなくあちこちでさえずりあって、草木の花はいろいろと咲きまじっている。同じ山里ながら、目が覚める心地がさせられる。

 「初めての参詣には滝のある方が見所は多いことだろうよ」と言って、そこへ道案内の人を頼んで出発する。道は谷をめぐって下りていく。昔、行幸の宮があった所は、滝が激しく流れるのに小さい若鮎たちが水の流れを逆らって泳ぐ様子など、目も覚めるほどにおもしろい。弁当を食べながら楽しんだ。
 岩の道をつたって来る人がいる。髪は長くより合わせた麻糸を束ねたようであるけれど、手足はたいへん健やかな老人である。この滝の下に歩み来る。一行を疑わしそうに見守っていたが、真女子もまろやもこの人に背を向けて見ない振りをしているのを、老人はじっと二人を見つめて、「怪しい。この邪神はどうして人を惑わすのか。わしの目の前でこんなことをしているのか」とつぶやくのを聞いて、この二人はたちまち踊り立って滝に飛び込むと見えたが、水は大空に湧き上がって二人の姿が見えなくなるうちに、雲が墨をこぼしたような色になって、雨が激しく降ってきた。

 老人は人々が慌て惑うのを押さえ静めて、人里に下る。あばら屋の軒下にかがみ込んで、生きた心地もしないのを、老人は豊雄に向かい、「よくよくあなたの顔を見ると、この邪神のために悩まされていらっしゃるが、我が救わなければ最後には命も失ってしまうだろう。今後はよくお慎みなさいませ」と言う。
 豊雄は地に額突いて、事の次第を始めから語りだして、「命をお助けください」と言って、恐れ敬って願う。老人は、「思った通りだ。この邪神は年を経た蛇である。その性質は多淫なもので、『牛とつるんでは麟を生み、馬と合っては龍馬を生む』という。この蛇が惑わしたのも、やはりあなたの顔がよいので淫らな行いを仕掛けたと見える。こうまで執念深いので、よくお慎みにならなければ、おそらくは命を失われるにちがいない」と言うと、人々はますます恐れ惑いながら、老人を崇めて、「遠津神(とおつがみ。俗人から遠くかけ離れたありがたい神様)にちがいない」と拝みあった。
 老人は微笑んで、「おのれは神ではない。大和神社(おおやまとじんじゃ。奈良県天理市新泉(にいずみ)にある)に仕える当麻酒人(たぎまのきびと。架空の人物)という老人である。道中を見送って差し上げましょう。さあ、いらっしゃい」と言って出発したので、人々は後をついて帰ってくる。

 大和神社の神官が真名子とまろやの正体を年を経た蛇だと見破ります。
 神官の「酒人」という名は、八岐大蛇退治の話に、酒を与えて大蛇を鎮めるところがあるので、そこからでしょうか。
 大和神社の祭神は大国御魂神で、『古語拾遺』によれば、大国主神や三輪神などの別名とされ、鳥獣・昆虫の災いを祓う呪法を定めたとされるそうです。

 蛇は淫らな性質の生き物だと考えられました。人が蛇と交わる話は古来からあります。
 『日本書紀』には、三輪山の神、大物主神についてこのような話が記されています。

 ヤマトトビモモソヒメノミコトはオオモノヌシノカミの妻となった。けれども、その神は昼には来ないで、夜にだけやってきた。ヤマトトビモモソヒメは夫に言った。
  「どうか泊まっていってください。朝になったら、あなたの麗しいお姿を見ることができるでしょうから」
 オオモノヌシは「明日の朝、あなたの櫛箱に入っていよう。どうか私の姿に驚かないように」と言った。
 ヒメは不思議に思ったが、朝になって、櫛箱を開けてみると、うるわしい小さな蛇が入っていた。ヒメは驚き叫んだ。
 すると、蛇はたちまち人の姿に変じ、「私に恥をかかせたな」と言って、空を飛び、三輪山に登っていった。
 ヒメは後悔し、箸で陰部を突いて死んだ。その死体は箸墓に葬られた。

 『今昔物語集』には、蛇に犯されて蛇の子を生む女性の話(巻第二十四 第九)や、その他、蛇と人とが交わる話、蛇が人と交わろうと欲する話が数話、採られています。
 人と蛇とが交わる話のだいたいが人間の女性と蛇が交わる話で、この「蛇性の淫」のように蛇が女性に化けて人間の男性と交わる話はほとんどありません。

 翌日、大和の郷に行って、老人の恵みに感謝し、送って来た美濃絹三疋、筑紫綿二屯を老人に捧げ、「これからも妖怪退散のためのお祓いをしてくださいませ」と謹んで願う。
 老人はこれを納めて、神官たちに分け与え、自らは一疋一屯をも手元に残して置かず、豊雄に向かい、「かのものはお前の顔がよいので淫らな行いを仕掛けてお前にまといつく。お前はまた、かのものの仮の姿に惑わされて、男らしい強い意志がない。今から雄々しく、しっかりした気持ちでよく心をお静めになれば、これらの邪神を追い払うのに老人の力をお借りになることもあるまい。よくよく心をお静めくださいませ」と言って、親切に諭した。

 豊雄は夢が覚めた心地で丁寧にお礼をして帰ってくる。金忠に向かって、「この年月、かのものに惑わされたのは、己の心が正しくなかったからです。親や兄に孝行もせず、あなたの家の厄介者になっているのはよくないことです。お恵みはとてもかたじけないけれど、また参りましょう」と言って、紀の国に帰った。

 今回はここまで。

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(てつ)

2005.10.4 UP

 ◆ 参考文献

浅野三平校注『雨月物語 癇癖談』新潮日本古典集成22
青木正次訳注『雨月物語 下』講談社学術文庫
宇治谷孟『日本書紀〈上〉』講談社学術文庫

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■蛇性の淫
1.出逢い
2.太刀
3.再会
4.再婚

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