■ 熊野の説話

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◆ 雨月物語「蛇性の淫」4 再婚


 さて。

 父母、太郎夫婦は、この恐ろしい話を聞いて、いっそう豊雄が過ちを犯していないのを憐れみ、一方では妖怪の執念深いのを恐れた。「このように独身であったからこうなったのだ。妻を迎えさせよう」とて相談した。
 芝の里(今の和歌山県田辺市中辺路町栗栖川付近か)に芝の庄司という者がいる。娘を一人もっていたのを、朝廷の釆女(うねめ。天皇の身辺の雑用に奉仕する下級女官。地方官の子女から選ばれた)に参上させていたが、この度、お暇を申し出お許しをいただき、この豊雄を婿にしようとして、仲人を立てて大宅のもとへ申し込んだ。うまく話が進んで、すぐに婚約をした。

 こうして都へも迎えの人を登らせたところ、この釆女の富子という者は喜んで帰ってくる。長年の朝廷での勤めに慣れてきているから、いろいろの振る舞いからして、姿なども華やかで美しかった。豊雄は婿として迎えられてみると、この富子の姿がたいへんよく、すべてに満足したので、かの蛇が懸想したこともちらちらと思い出す程度であった。初夜は何事もなかったので書かない。

 二日目の夜、いい気分に酔って、「長年の内裏生活で、田舎の人はきっとうるさくお思いでしょう。宮中では、何の中将、宰相の君などという方に、添い寝をなさったのでしょう。今さらながら憎く思われますよ」などと戯れると、富子はすぐに顔を上げて、「古い契りをお忘れになって、このような取り柄のない女をご寵愛なさるのこそ、私よりあなたのほうが憎らしいですよ」と言うのは、姿こそは変わっているが、まさしく真女子の声である。

 聞いて驚きあきれて、身の毛もよだって恐ろしく、ただあきれ惑うのを、女は微笑んで、「あなた、お怪しみにならないでくださいませ。海に誓い山に誓ったことを速くお忘れになるとも、そのような縁があるので、このようにまたお会いするのに、他の人の言うことを真実のようにお思いになって、無理にお遠ざけになるならば、恨んで報いましょう。紀州路の山々がどれほど高くとも、あなたを殺してあなたの血をもって峯から谷まで注ぎ落としてみせましょう。せっかくのお体を無駄にしてお亡くなりにならないでくださいませ」と言うので、豊雄はただ震えるばかりで、今にもとり殺されそうな気持ちで気絶してしまった。

 屏風の後から、「ご主人様、どうしてそのようにご機嫌を悪くなさるのですか。このようにめでた御契りでありますのに」と言って出て来るのは、まろやである。豊雄は見て、また肝を飛ばし、目を閉じてうつ伏せに臥す。なだめたり驚かしたり、二人がかわるがわる声をかけるけれど、豊雄はただ死んだようになったままで夜が明けた。

 こうして寝室を逃れ出て、庄司に向かい、「これこれの恐ろしいことがありました。これはどうしたら避けることができましょうか。よくお考えくださいませ」と言いながらも、後で聞いているだろうかと、声を小さくして語る。
 庄司も妻も顔を青くして嘆き惑い、「これはどうしたらいいだろうか。都の鞍馬寺の僧で、毎年熊野に詣でる人が、昨日からこの向かいの山の寺に泊まっている。たいへん験のある法師で、大方、疫病、物の怪、害虫などをよくよく祈祷してくれるので、この郷の人はみな尊敬している。この法師を招こう」と言って、あわただしく呼び立てたところ、しばらくして来た。

 かくかくの事情を語ると、この法師は鼻を高くして、「これらの人を惑わすつき物らを捕らえるのは何の難しいこともないだろう。安心していらっしゃい」と気やすく言うので、人々は心が落ち着いた。
 法師はまず雄黄(ようおう。砒素の硫化物。悪鬼の邪気・害虫・毒蛇などの害を防いで殺すものとされていた)をもとめて薬の水を調合し、小瓶に湛えて、あの寝室に向かう。人々が恐れ隠れるのを、法師はあざけり笑って、「老いた者も子供も必ずそこにいらっしゃい。この蛇をただ今捕って見せ奉ろう」と言って、進みゆく。

 寝室の戸を開けるのを、今や遅しと待ち構えて、あの蛇が頭をさし出して法師に向かう。この頭はどれほどの物であろうか。この戸口いっぱいに満ちて、雪を積んだのよりも白くキラキラして、眼は鏡のようで角は枯れ木のよう、三尺(1尺は約30cm)余りの口を開き、紅の舌を吐いて、ただ一口に呑もうとする勢いを見せた。
 「ぎゃっ」と叫んで、手に持っていた小瓶もそこに打ち捨てて、足も立たず、転げ回り、這い倒れて、やっとのことで逃れて来て、人々に向かい、「ああ、恐ろしい。祟りをなさる神様であらせられるのに、どうして私などに調伏できましょうか。この手足がなければ、きっと命を取られたであろう」と言いながら、気絶してしまった。

 人々は助け起こすけれど、顔も肌もすべて赤黒く染めたようで、焚き火に手をかざしたのと同じくらい熱い。毒気に当たったと見えて、後はただ眼だけが動いてもの言いたげであるけれど、声も出せないありさまである。水を注ぐなどするけれど、とうとう死んでしまった。

 これを見て、人々はますます生きた心地もせずに泣き惑う。豊雄は少し心を落ち着けて、「このように験のある法師でさえ調伏できず、執念深くつきまとうからには、天地の間に私がいる限りは探し出されてしまうだろう。自分の命ひとつのために、人々を苦しめるのはよくない。もはや人にも相談しません。心安くお思いください」と言って、寝室に行くのを、庄司の人々は「これは気が狂われたのか」と言うけれど、豊雄はいっこうに聞こえない振りをしてそちらに行く。

 戸を静かに開けると、化け物の騒がしい音もなくて、富子とまろやの二人が豊雄に向かって坐っていた。
  「あなたは何の恨みがあって私を捕らえようとして人をお頼みなされたのですか。このあとも仇をもってお報いになるならば、あなたのお体だけでなく、この郷の人々すべてに苦しい目を見せましょう。ひたすら私があなた一人を一途に思い慕って操を守っているのを、嬉しいとお思いになって、不実な心をお起こしなさいますな」と、たいへん色気を見せて言うのが情けなかった。

 豊雄が言うには、「世の諺でもこう言われている。『人は少しも虎を害する心はないけれども、虎は反対に人を傷つける心がある』とか。お前は人ではない心から、私にまとわりついて幾度かひどい目に合わせるだけでなく、私のちょっとした言葉にさえも、このような恐ろしい仕返しのことを言うのは、たいへん恐ろしいことだ。
 しかし、私を慕う心は、少しもこの世の人と変わらないので、お前がここにいて、人々がお嘆きになるのはお気の毒だ。お前がいま取り憑いている富子の命だけは助けてくれよ。それから私をどこにでも連れてゆけ」と言うと、たいへん嬉しげに頷いている。

 豊雄はまた寝室を立ち出て庄司に向かい、「こんな情けない魔物が連れ添っているので、ここにいて人々をお苦しめ申し上げるのは、たいへん心苦しいことです。ただ今、暇をいただければ、娘の富子の命も無事でいらっしゃるでしょう」と言うのを、庄司はまったく承知せず、「私は武道の心得もあるのに、このように頼まれ甲斐がなくては、大宅の人々のお気持ちに対しても恥ずかしい。もっと考えましょう。小松原の道成寺(人間の女性が蛇に変じてしまう安珍清姫伝説で知られる)に、法海和尚といって貴い祈りの師がいらっしゃる。今は老いて部屋の外にも出ないと聞くけれど、私のためにならなんとしてでもお見捨てなさるまい」と言って、馬で急ぎ出発した。

 道が遠いので、夜中頃に寺に到着する。老和尚が寝室を這い出て、この話を聞き、「それは情けなくお思いでしょう。今は老い朽ちて験があるようにも思われませんが、あなたの家の災いを黙っていられましょうか。まあ、お行きなさい。私もすぐに参りましょう」と言って、芥子(けし。加持や祈祷の際には、護摩壇に芥子が焚かれた。そのときの香は、息災、降伏などの功徳があるとされている)の香が染みついた袈裟を取り出して、庄司に与え、「かのものをやすやすとだまして近づけて、これを頭に打ちかぶせて、力を出して押し伏せなさいませ。力が弱いとおそらくは逃げ去るでしょう。よく念じて上手におやりなさいませ」と、親切に教える。庄司は喜びながら、馬を飛ばして帰った。

 庄司は豊雄を密かに招いて、「このことをうまくやってください」と言って袈裟を与える。豊雄はこれを懐に隠して寝室に行き、「庄司がいま暇をくださいました。さあ、いらっしゃい。出発しましょう」と言う。
 とても嬉しそうにしているのを、この袈裟を取り出して素早く打ちかぶせ、力いっぱい押し伏せたところ、「ああ、苦しい。お前はどうしてこれほど無情なのか。ちょっとここをゆるめてください」と言うけれど、ますます力を込めて押し伏せた。

 法海和尚の輿がすぐさま入ってくる。庄司の人々に助けられてここに到着し、口のなかでぶつぶつと呪文をお念じになりながら、豊雄を下がらせて、あの袈裟を取ってご覧になると、富子が正気を失伏せっている上に、白い三尺余りの蛇がとぐろを巻いて身動きもしないでいた。
 老和尚はこれを捕らえて、弟子が捧げている鉄鉢にお入れになる。さらにお念じになると、屏風の後より一尺ほどの小蛇が這い出てきたので、これも捕らえて鉢にお入れになり、あの袈裟でお封じ込めになり、そのまま輿にお乗りになるので、人々は手を合わせて、涙を流して敬い奉る。

 寺にお帰りになって、堂の前を深く掘らせて、鉢のままに埋めさせ、永久に世に出ることを厳重に禁じられた。今もまだ蛇の塚があるとか。庄司の娘はとうとう病気になって死んでしまった。豊雄は無事生きながらえたと語り伝えている。

 これにて「蛇性の淫」は終わり。

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(てつ)

2005.10.6 UP

 ◆ 参考文献

浅野三平校注『雨月物語 癇癖談』新潮日本古典集成22
青木正次訳注『雨月物語 下』講談社学術文庫

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■蛇性の淫
1.出逢い
2.太刀
3.再会
4.再婚

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