山には箸を持って行かない
昔は、山に弁当を持って出かけるときに箸を持っていかなかったそうです。だから、弁当を食べるときには、山の木で箸を作っていました。どんな木で作ってもよかったかというとそうではなくて、
- 柿の木やウツギの木では作るな。柿やウツギの木の箸は仏様の箸だから。
- エンジュの木で作った箸で食べると、中風にならない。
などのしきたりがあったそうです。
また、山で使った箸をそのまま捨ててしまうのはタブーでした。食べ終わったら、必ず箸をまっ二つに折ってから置いてくる(集落によっては2ケ所で折って、〔 のようにするところも)。
そのまま置いてきてはいけない理由は、以下のように語られます。
- 捨てた箸を「ダル」がなめると、その人に「ダル」が憑きやすくなるからいけない。「ダル」とは、「ダリ」あるいは「ヒダル」ともいわれる悪霊の一種。これに取り憑かれると、急にだるくなって、歩くこともできなくなります。
- 狼が来て、箸を噛むと悪いことが起こるからいけない(狼をおどすために折る。くの字に折れた箸を狼が見て、自分より大きな口のものがいると思って逃げていく)。
- 鳩が箸をくわえていって巣を作るからいけない(鳩は棒を2本横にしてその下に巣を作るものであるとされ、その格好が棺桶を担ぐときの様子にそっくりで不吉だから)。鳩の巣は見るものではないといわれていました。
いずれにしても不思議な風習だと思います。
なぜ昔は山に弁当を持っていくときに箸を持って行かずに山で作り、使った箸は折って山に置いてこなければならなかったのか。
それは箸に邪悪な精霊が依り憑くのを防ぐため、ということのようです。
『松原右樹遺稿 熊野の神々の風景』を読んで納得がいきました。
箸が単なる食事の道具にとどまらず、神や仏、生命の宿る小さな杖、柱であると意識された。…箸はさまざまな霊の宿る小さな柱である。…この依代としての機能があるため、どのような霊が依り憑くかも知れないと考え、熊野では山に箸を持って入ることを忌む風習が起きた。
(てつ)
2013.4.7 更新
2019.9.3 更新
参考文献
- 近畿民俗学会『熊野の民俗-和歌山県本宮町-』初芝文庫
- 『松原右樹遺稿 熊野の神々の風景』松原右樹遺稿刊行会