疫病除けのために勧請された熊野神社、八木郷の地名発祥の地
御祭神
櫛御気野命
境内社
石塔状の天照皇大神宮、大山阿夫利神社、その他
神社の向き
南より45度西
十太夫の熊野神社はかつて参拝したことがあったのですが、もう一つの熊野神社はどちらかと思案していましたが、なんと毎年仕事で訪れている場所の近くにあったのでした。
御祭神は櫛御気野命でとても感慨深いものがあります。
境内はうっそうとした木々に囲まれているのに、デジカメで撮影するととても明るく写りました。
また、歴史を見守ってきたようなスダジイの巨木が2本境内にはありました。
また、境内の周りには青面金剛の石碑がたくさんありました。
八木郷の地名発祥伝説があり、天和元年(1681)に再建された由緒ある神社です。
(山濱さん)
No.125
(てつによる追記)
八木郷の地名発祥伝説。
疫病が流行ったとき、思井、中、芝崎、古間木、前平井、後平井、西平井、鰭ケ崎の8ケ村の名主が相談して熊野の神様をお迎えしてお祀りすることとなった。
熊野に詣でお札をいただき、思井の丘の上に建てた社殿の中にお札を納めようと箱からお札を取り出したところ、一粒のシイの実が落ちた。その実を鳥居のそばに蒔くと発芽し生育していった。シイの木は根元から8本に分かれて大きくなった。
8人の名主は「この木は御神木だ。これからは8ヶ村は力を合わせていこう」「村の名前は八木村にしよう」と、八木村が誕生し、疫病もなくなった。
(熊野神社の「伝説の椎の木」=御神木にまつわる八木村誕生の話: 不思議発見!一歩二歩散歩を参考にしました)
2002.2.17 UP
2021.7.27 更新