明治時代に熊野神社を合祀
場所
小野路町は、町田市の北に位置し、多摩ニュータウンに隣接している。
山陰には、美しい谷戸がまだ残されている。
この小野路町は古来より交通の要衝で、小田原道、神奈川道、布田道、府中道、八王子道が通過しており、小規模ながら宿場も設置されていた
。
近藤勇、土方歳三等の、後に京都で新撰組として活躍する人々も、剣道の出稽古でたびたび訪れていた。
これらの資料は、小野路宿の中ほど、小島資料館(開館第1・3日曜日 13ー17時)に残されているので興味ある方は立ち寄られるとよい。
小野路の熊野神社
さて、この小野路には、熊野神社が2社存在した。一社は、小字長畑1904、もう一社は小字下堤2188である。
「新編武蔵風土記稿」では長畑の熊野神社は下記のように記述されている。下堤の記述はない。
熊野社
除地、二百坪、小名別所にあり、是も小社也、鎮座の年代を知ず、
神体前(白幣)、社前に数十段の石階あり、村持
末社 弁天祠 鳥居を入て右の方なる池中にあり、小祠なり
稲荷祠 左の方にあり、これも小祠
明治になって熊野神社を含めて13社、熊野(2)・日吉(3)・菅原・諏訪・八幡・浅間・子ノ神・稲荷(3)の13社が小野神社に合祀された。
小野神社御祭神
小野篁
小野神社の祭神であり他は掲げられていない。
櫛御気野命(長畑、下堤熊野神社共)
(「小野神社神輿」小野神社神輿保存会 明治三十三年 神社調査録 小島資料館蔵)
現地にて
小野神社鳥居の手前に、1基の石灯籠が残っていました。
「熊野大権現」「多摩郡小野路之内別所」「嘉永四辛 亥年(1851)十二月」と刻まれていました。
旧鎮座地より移されたものではないでしょうか。
また手水鉢も1基ありました。嘉永五子二月の銘がありました。これも可能性があります。
熊野神社(長畑)旧鎮座地
小島資料館にて、別所の東光寺の裏に旧鎮座地が残っていることを教えていただきました。
現地に赴くと、弁天祠が鎮座していた池が残っているだけで、熊野神社の鳥居、祠は残ってなく傾斜地に夏草が茂っているだけでした。
今回の参拝においては、小島資料館にて小野路について、いろいろ珍しいものを見せていただき、熊野神社のついても御教授いただきました。ありがとうございました。
(TATSUさん)
No.1011
2009.7.19 UP
2020.6.9 更新
参考文献
- 『新編武蔵風土記稿』