もと第六天社、明治時代に熊野神社を合祀
若者の町、原宿のキャッツストリートを一本中に入った場所に鎮座。
ビルに囲まれているがこの境内だけは静か。
本殿、拝殿は新しいが、狛犬は古そう。
御祭神
面足大神、伊弉册尊、速玉男命、事解男命
(「東京府豊多摩郡誌」より)
一説には、淤母陀琉神(おもだるのかみ)、阿夜訶志古泥神(あやかしこねのかみ)、櫛御食野神
御由緒
江戸時代は、第六天社と称していたが明治に入り隠田神社と改称、もと大字隠田八十四番地に鎮座していた熊野神社を明治十八年に合祀した。
新編武蔵風土記稿には、下記のように記されている。
第六天社
村の鎮守とす、村持
熊野社
妙圓寺開山日光勧請する処にして、其後松平安芸守光晟の室再造す。棟札に東照大権現宮孫大猷院殿息女芸州之太守四品羽林源光晟室法号、自昌院殿英心日妙と記せり、此所も当時地子屋敷の内なるべし
(TATSUさん)
No.945
2009.5.3 UP
2023.10.2 更新
参考文献
- 『東京府豊多摩郡誌』
- 『新編武蔵風土記稿』