古典に見る熊野新宮参拝の模様。
後白河院『梁塵秘抄口伝集』より
応保二年正月二十一日より精進を始めて、同二十七日たつ。二月九日本宮奉幣をす。三御山に三日づつ籠りて、そのあひだ千手経千巻を転読し奉りき。同月十二日新宮に参りて奉幣す。その次第常の如し。夜ふけて又のぼりて、宮めぐりの後、礼殿にして通夜千手経を読み奉る。暫しは人ありしかど、片隅にねぶりなどして、前には人も見えず。通家ぞ経まくとてねぶりゐたる。やうやうの奉幣などしづまりて、夜中ばかり過ぬらんかしと覚えしに、宝殿の方を見やれば、わづかの火の光に、御正体の鏡所々輝きて見ゆ。
あはれに心すみて、泪もとどまらず。なくなく読ゐたるほどに、資賢つやしはてて、暁方に礼殿へ参りたり。今様あらばや、只今面白かりなんかしとすすむれば、かたまりてゐたる。すぢなくて、みづからいだす。
よろづの佛の願よりも
千手のちかひぞ頼もしき
枯れたる草木もたちまちに
花咲みなると説い給ふ
押返し押返したびたび歌ふ。資賢、通家つけてうたふ。心すましてありしけにや、常よりもめでたく面白かりき。覚讚法印、宮めぐりはてて、御前なる松木のもとにつやしてゐたりけるに、その松の木の上に、心とけたるただ今かなと歌ふ声のしければ、夢現ともなくかく聞きあざみて、礼殿に参りて急ぎ語る。一心に心すましつるには、かかる事もあるにや。夜明るまでには、うたひあかしてき。これ第二たびなり。
(てつ)
2009.8.6 UP
2022.7.15 更新
参考文献
- 新潮日本古典集成『梁塵秘抄』 新潮社
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