古典に見る熊野本宮参拝の模様。
増基法師『いほぬし』より
それより三日といふ日御山につきぬ。ここかしこめぐりて見れば、あむじちども二三百ばかりをのがおもひ/\にしたるさまもいとおかし。したしうしりたる人のもとにいきたれば、みのをこしにふすまのやうにひきかけて、ほだくひといふものを枕にして、まろねにねたり。やヽといへば、おどろきて、とくいり給へといひていれつ、おほんあるじせんとて、ごいしけのおほきさなるるいものかしらをとり出てやかす。これぞいものはヽといへば、さはちのあまさやあらんといへば、人の子にこそくはせめといひて、けいめいすれば、さてかねうてば御堂へまいりぬ。かしらをひきつヽて、みのうちきつヽ、こヽかしこにかずしらずまうであつまりて、れいしはてヽまかり出るに、あるはそ上の御まへにとゞまるものあり、らい堂のなかのはしのもとに、みのうちきつヽ忍びやかに引いれつヽあるもあり。ぬかづきだらによむもあり。さま/\にきヽにくくあらはにそと聞もあり。かくてさぶらうほどに、霜月の御はかうになりぬ。そのありさまつねならずあはれにたふとし。はかうはてヽのあしたに、あるひとかういひをこせたり。
(てつ)
2009.8.6 UP
2022.7.16 更新
参考文献
- 『本宮町史 文化財篇・古代中世史料篇』
- みえ熊野の歴史と文化シリーズ1『熊野道中記 いにしえの旅人たちの記録』みえ熊野学研究会編
- 増淵勝一『いほぬし精講』 国研出版
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