小広峠の狼
熊野古道「中辺路(なかへち)」の小広王子跡がある小広峠(こびろとうげ)。小広峠の名前はそこにいた狼の群れに由来するといわれます。
昔は昼なお暗い山道で、野獣や魔物が現れる不気味な場所であったが、それらから旅人や村人を守ってくれる狼の群れがいたという。そこから「吼比狼(こびろう)峠」と呼ばれるようになり、「小広峠」となった。
また、昔は、この峠の周りの山々で、夜中に狼がいっせいに吼えたてることがあり、土地の人たちはこれを千匹狼と呼び、これは狼が吉野の山上ケ岳へ参るために勢ぞろいしているのだといわれました。
狼は、ススキの穂1本あればその身を隠すといわれ、その神速、忍耐強さ、堂々たる姿などから「山の神さん」として敬われていました。
以下、南方熊楠より。
今もこの辺に送り狼とて、人を害せず、守衛せし狼の古話残り、大台原山に、神使の狼現存すという。
(南方熊楠「小児と魔除」、『南方熊楠全集』第2巻、平凡社)
……狼の智、人に超出するものあるを見るべし。されば秦大津父が狼を貴神と称え、白石先生がオオカミを大神と釈き、今も熊野の二川村などで山の神と呼び、コリヤク人が狼を苔原の豪主、強勢いなシャマンと崇め……ローマのマルス神、北欧のトール神、またキリスト教の上帝も狼を神使とした譚あるは、その力量と猛勇の外に、知謀の非常なるを讃めてのことと知る。
(南方熊楠「千疋狼」、『南方熊楠全集』第4巻、平凡社)
(てつ)
2013.10.29 UP
2020.5.31 更新
参考文献
- くまの文庫2『熊野中辺路 伝説(上)』熊野中辺路刊行会
- 南方熊楠『南方熊楠全集 第2巻』平凡社
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