熊野権現が粉河寺の観音をオススメ
鎌倉時代の高僧、無住(1226~1322)が著した仏教説話集『沙石集(しゃせきしゅう)』にこんなお話が(拾遺〔二八〕)。
現代語訳
そう遠くはない昔、三井寺に公舜法印という学匠がいた。
ひたすら極楽往生の祈請して熊野へ参詣し、法華経を読誦し講讃して丁寧に数日祈念し、功徳を積んだところ、証誠殿両所権現(熊野三所権現。熊野三山の主神。証誠殿は家都御子神、両所権現は速玉神・夫須美神)の示現をこうむった。
「我々も本地は阿弥陀・観音であるけれども(家都御子神の本地仏が阿弥陀如来、夫須美神の本地仏が千手観音)、愚かな者どもが世間のことばかり祈るので、いろいろと忙しく安んずる間も心のゆとりもない。粉河寺の観音は生身の観音でいらっしゃる。そこへ詣でて申し上げれば、ことは容易いだろう」
すぐさま、粉河寺へ参詣して、法華経を読誦し賛嘆して祈念すると、粉河寺の観音の示現があった。
「法華経は私の体である。私は極楽の主である。あなたは私を賛嘆した。私はあなたを迎えに来よう」云々。
その約束がどうして違うことがあろうか。
臨終のおり、めだたく平素の思いである往生を遂げた、と古い物語にある。
高野の大師の御開題と符合して、法華観音同体のことは疑いのないことである。
(現代語訳終了)
法華経と観音
熊野の神様はもちろん霊験あらたかだけれども、粉河寺の観音様のほうが法華経に関してはもっと霊験がありますよ、というようなお話。
似たようなお話は他にもあって、「前世を知った法華持経者」もそのようなお話です。
(てつ)
2005.8.16 UP
2020.8.7 更新
参考文献
- 日本古典文学大系『沙石集』岩波書店