勝浦湾の海中井戸
数十年前の勝浦湾に海中井戸がありました。海岸から120m離れた海中で真水が湧き出ていたのです。
明治27年(1894)頃に勝浦の岸庄次郎氏がこの湧水の周囲に井戸枠を作って海水の混入を防いで、それ以降、勝浦港に入港する船舶はこの海中井戸の清水で給水をしたそうです。
この海中井戸について次のような伝説があります。
むかし、文覚上人が那智の滝で荒行することを思い立って、船で熊野灘をさしかかったとき、一頭の鯨がシャチに追われているのを見た。かわいそうに思った文覚上人は念仏を唱えながら、持っていた杖を投げてシャチを追い払った。
そして陸に上がると、子供たちがモグラをいじめているのを見て、子供たちに金をやり、モグラを逃がしてやった。
さて那智の滝まで来ると、滝壺が深くて中に入れない。
すると、足下からモグラが出て来て「ご恩返しに穴を掘って滝壺の水を減らしましょう」といい、
何千何万というモグラが集まってトンネルを掘り出した。
すると、海では鯨が集まって、トンネルに流れ込む水を吸い込んでは背中から噴き出して、モグラたちが溺れないように手助けをした。
それで、滝壺の水は見る見るうちに減り、文覚上人は喜んで滝壺に入り、荒行をすることができた。
モグラと鯨の共同作業で掘ったトンネルは勝浦湾の海底に通じ、今でもそこから真水が湧き出ている。
伝説をそのままにとれば、那智川の伏流水が勝浦湾の海底で流れ出ていたということですが、現在、勝浦湾の海中井戸は、埋め立てにより跡形もなくなりました。
(てつ)
2008.10.30 UP
2023.1.26 更新
参考文献
- 下村巳六『熊野の伝承と謎』 批評社