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平治物語4 信西が示した不思議

平治物語 現代語訳4 信西が示した不思議

 1 信西打倒の議 2 悪源太義平の提案 3 信西出家の由来
 4 信西が示した不思議 5 清盛、熊野権現に祈る 6 清盛、六波羅に着く

 平治の乱を描いた軍記物語『平治物語』より熊野が関連する箇所をピックアップ。

「唐僧来朝の事」全文を現代語訳

 かの紀の二位と申す者は、紀伊守範元(のりもと)の孫、右馬頭範国(のりくに)の娘である。八十島下り(やそしまくだり:大嘗会の翌年、天皇が難波に使者を派遣して住吉などの神を祭る神事を行うが、その使者となって下ること)で三位となり、その後すぐに従二位となり、紀の二位と申すようになった。

 信西の妻になって、不思議なことが数多くあったが、その中でも久寿2年(1155年)の冬の頃にあったことは不思議であった。

 久寿2年の冬の頃、鳥羽の禅定法王(鳥羽法皇)が熊野山に御参詣されたが、その頃、那智山に唐僧がいた。名を淡海沙門と言った。その僧は異国にて「我はこの身を捨てないままで、この世に生きている観世音菩薩を拝み奉ろう」という願を起こし、天を仰いで千日の間、祈誓した。

 そして千日目の満願の夜、「汝は日本に渡りなさい。那智山という所に生身の観音がいらっしゃいます。拝み奉れ」という示顕を蒙り、渡海の本望を遂げて本朝に渡ったという。本来の願望が他と異なることを鳥羽法皇はお聞きになって、唐僧をお召しになると、御前へ参って「和尚、和尚」と拝礼した。しかし、唐僧なので、言うことを聞いてもわからない。鳥がさえずっているようである。

 信西は末座にお仕えしていたが、御前へつと自分から進み出て「禅加此法設除浄精(?)で来たのか」と問うた。
 唐僧は「そうではない。弘誓破戒設除大精(?)で来たのだ」と答えた。

 唐僧は信西の言葉を聞いて、才覚の程を計ろうと思ったのであろうか、異国のことを問いかけた。
「震旦の長安城より天竺の舎耶大城までの距離は何万里か」と問うと、「十万余里」と答えた。

「遺愛寺という寺はどこにあるのか」
「天台山から西へ七百里行った所にある。白楽天が世から逃れた所だとか」

「扁鵲(中国戦国時代の名医)の門には何があるのか」と問うと、
「延命という草を植えている。これを見る人は善を招き悪を避けて、寿命が長く延びるといっている」

「汝陽門には何があるのか」
「乱樹という木がある。三十年に一度、片方の枝に花が咲き、もう片方の枝には実がなる。これを取って食べる人は、百余日酔う。その味は西王母(中国の伝説上の仙女)の桃に似ている」

「長良国はどこにあるのか」
「都城(釈迦が太子であった頃の居城)から辰巳(東南)へ二百里行った所にある。梵天王がお建ちになった三百余尺の瑪瑙の塔がある。その塔の下には摩訶曼陀羅華(まかまんだらけ)、摩訶曼珠沙華(まかまんじゅしゃけ)など四種の天の花が開いている。釈尊が燃燈仏(ねんとうぶつ:釈迦が来世に仏になると予言した仏)のもとで髪をおろされた所である」

「大雪山には」
「薬寿王という木がある。その木の葉を鼓に塗って打つ音を聞く人は不老不死の徳を得る」

「西山には」
「波珎(はちん)という虫がいる。首に諸々に財宝を戴いて、常に仏を供養し奉る思いがある」

「長山には」
「三重の瀧がある。その瀧の水を飲む人は、大きな怒りを心に起こす。しかしながら、竹馬に鞭打って仏道に帰依する心を起こすという」

「瓠火(こは:琴の名手)が琴を弾じたならば」
「四方にいる魚が陸に上がる」

「鈴宗(れいそう)が笛を吹いたならば」
「天人が袖を翻す」

「唐の太宗はいかなる人か」
「甕のほとりで天下を治める相がある」

 とひとつひとつ答えたので、唐僧は「我が国から渡った者。それともこの国から唐に渡って学んだ者か」と問うと、信西は「もとよりこの国に生まれ育った者だが、もしかして私を遣唐使として唐にお渡らせなさることもあろうかと思って、我が朝だけでなく天竺・震旦・新羅、百済をはじめ、五、六年の間に上は皇帝から、下は一般国民の申し語っている言葉づかいを学んだのだ」と言った。

 すると、唐僧は「私は生身の観音を拝み奉るために、天の示顕を蒙って、ここまで渡ったきた。汝は生身の観音である。我が願は叶えられた」と言って、信西を三度拝礼し、種々の引き出物を贈って去って行った。

 また信西は我が朝の言葉で報告申し上げたところ、鳥羽法皇を始めとして、供奉の人々は、不思議な思いになった。


 当世無双の宏才博覧と称され、鳥羽法皇の政治的ブレーンとして活躍した信西。
 鳥羽法皇の熊野御幸に随行して詣でた那智山において、その博識が披露されました。

 

 

(てつ)

2012.4.22 UP

参考文献