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河合曾良『近畿巡遊日記(曾良旅日記)』

河合曾良の熊野詣

河合曾良(歌川国輝作)
 河合曾良(歌川国輝作)

  松尾芭蕉の門弟、河合曾良は、元禄4年(1691)に近畿を巡る旅をしていますが、その折に熊野三山を詣でています。3月に江戸を出発し、吉野・高野を巡ったのち、小辺路を越え、4月11日、熊野本宮を訪れました。その旅のことは『曾良旅日記』におさめられた「近畿巡遊旅日記」に記されており、熊野に関する箇所のみを抜き出して現代語訳してご紹介します。

近畿巡遊旅日記 4/11-15 現代語訳

11日 卯(6:00)の中刻に発つ。未(14:00)の下刻に本宮へ着く。尾崎○○宿を借り、ただちに湯に行く。帰ってから参宮。
12日  巳の刻(10:00)に船を出す。九里八丁を下り、道中雨が降る。未の刻(14:00)に新宮に着く。雨は止む。
 申の刻(16:00)に大雨が降り、神倉への参詣を中止。浜の宮に泊まる。
13日  卯(6:00)の中刻に浜の宮を発つ。那智の滝を見る。観音堂へ上がる。社前のあたりは曇。
 大雲取四里、小雲取を越えて、小口という宿があったが、日が暮れるまで進み、請川(うけがわ。本宮町請川)で宿泊する。
14日 卯の上刻に請川を発つ。本宮、尾崎へ寄る。近露(ちかつゆ。中辺路町近露)に未(14:00)の中刻に宿泊する。
15日  卯(6:00)の上刻に近露を発つ。巳の下刻に高原に着き、増村衆に先立って日がくれてからも一里ばかり進み、イナタに宿泊する。

曾良の熊野を読んだ句

 熊野三山を詣でた後、曾良は和歌浦、須磨、明石を訪ね、5月2日、京都嵯峨野の落柿舎(らくししゃ:芭蕉の門弟・向井去来の別荘)にいた芭蕉を訪ね、作句を披露するなどして、7月、伊勢国長島に至ります。

 落柿舎で披露した曾良の句(松尾芭蕉『嵯峨日記』より)。

二日 曾良来たりて吉野の花を尋ねて、熊野に詣で侍るよし。武江旧友・門人の話、彼是取り混ぜ談ず。

   熊野路や分けつつ入れば夏の海

(てつ)

2005.6.19 UP
2019.10.12 更新

参考文献