我が輩は鵯である。
我が輩は鵯である。(その15) (正和)
無花果
川原で居たからか大分涼しく感じる様になり、お腹も空いて来たので、ひとまず引き上げることにした。帰って見れば庭の巣箱や餌台には「チュン子さん」や「チュン太郎」君達が暑さをものともせずに大騒ぎをして遊んでいた。
それから、やがて暑い夏も過ぎようとしているある日の事、ピー子さんがある物を見つけた。家の横の高いブロック塀のところにある1本の木に付いている大きな実だ。
この里ではあまり見掛けた事の無い実なので、一寸警戒して、少しの間、注意して見ることにした。何故かと言うと、それは去年の秋、赤くなった柿の実を取って食べれば良いものを、まだ青い柿の実を食べれると思ってがぶっとやったら、それが渋柿だ。いやはや、その渋いこと。1日中、口の中が変になり困った事があった。
それでしばらく遠くから眺めていると、奥さんが出てきて大きく赤くなった実を1つ取って皮を上手に剥いで、ぱくっと口に入れた。その笑顔は、さも美味しいと顔いっぱいに書いている様に見えたので、ピー子さんが大きな声で「ピー……食べれる」と叫んだ。
奥さんが2つ3つ実を取って帰った後、早速その木に行って見ると褐色になった柔らかい実があるので、啄んでみると、甘い、あまい。実の中味は、何とも形容できない甘さだ。2人(2羽)で夢中になって喰いついた。2個ほど食べると、お腹がいっぱいになり隣にある富有柿の上で一寸一服だ。見ていると、我が輩達が開けた無花果の実の中に身体全部入る様な格好で、目白君が実を食べている。
こんなに美味しいものを烏さんは何故食べに来ないのだろう? あの食いしん坊の烏の勘太郎君の事だ。知らない筈はあるまいと四方を見回して、あっと気が付いた。横垣内の畑のあちこちにペットボトルで作った物や扇風機の壊れた羽根で作った物など、いろいろの風車が回っている。これは土竜さんが暴れて困るから立てたものらしいが、その他に木を削って作ったのか、羽の回転する烏が2羽、頑張っている。その烏が怖くて近付けないらしい。我が輩達は全然怖くないのでへっちゃらだが、それで実が残った次第。名にが幸いするかわからないものだ。
ところが、よく見るとこの木には花が少しも見えない。大抵の木は花が咲いて、それから実が成る物だが? 不思議に思って御主人様達の話を聞いていると、この木は「無花果」と書いて「イチジク」と読むそうだ。厳密に言えば花は実の中で咲き外からは見えないだけの事らしい。
いずれにしても、何でもよく食べるピー子さんにとって大好物の味なので、奥様が楽しみに残していた分まで頂いてしまった。それからは奥様がもう1日待てば熟すると取らずに置いて、翌朝行って見ると、朝起きの早いピー子さんが一足先に頂戴していて、奥様は空振りで失望して只戻り。ピー子さんも少しは遠慮すれば良いのに、無花果の美味しさに引かれて時々やってくる雀蜂なども追っぱらって何度か奥様と互いに実の取りっこをしていた。
大抵の事には我慢する奥様だが、ピー子さんのあまりの傍若無人ぶりに、とうとう堪忍袋の緒を切って御主人に「お父ちゃん、ピー助達が無花果の熟する前に皆食べてしまうので、こちらは1つも口に入らない。網を掛けておくれよ」と言いました。御主人は「そうか。ピー助達には気の毒だが、しばらく我慢してもらおうか…」と丸太で囲いを作り網をかぶせてしまいました。
我が輩は実をあまり食べてなく、ほとんどはピー子さんが食べたのだが、それは御主人様に弁解しても致し方が無いとあきらめる事にした。けれど、あきらめきれないのがピー子さんだ。毎日お腹がいっぱいになり体重が増える位に食べていたのが急に食べられなくなったのだから無理も無い。
我が輩はふと去年の秋に鳥籠の中の蜜柑を食べに入って出る事が出来ず大騒ぎした事を思い出した。ピー子さんはそれを忘れたか、無花果の実を網越しに恨めしそうに見ていたが、1か所、網の目が破れている所を見つけて、とうとう中に入ってしまいました。
ところが、その時、間が悪く奥様が甘夏の皮を捨てようと、こちらに向かって歩いてきました。我が輩は慌ててこの事をピー子さんに知らせたが、いかにせん網の中。慌てたので破れている所もまったくわからず網の中でうろうろするばかり。その時のピー子さんの顔はそれこそ必死の形相。口を大きく開けて黄色みを帯びた赤い喉を奥の方まで見せてギャーギャーと鳴きわめくばかり。我が輩は富有柿の木の上でどうする事も出来ず、ただ「奥様、助けて」と祈るばかり。
ピー子さんの近くまで来た奥様は一度手を出し掛けたがピー子さんが暴れるのを見てすぐに引っ込めて困惑したような顔で見ている。多分、ピー子さんを捕まえて外に出そうと思ったのだろうが。万一にも決して捕らえて焼き鳥にしようなどと思う様なお方ではない事は先刻承知だが……
暴れていたピー子さんも奥様の様子に気が落ち着いたのか鳴くのを止めて周囲を見回して、やっと網の破れた所を見つけて外に出る事が出来ました。それを見て奥様もほっとした様子だが、それよりも我が輩の方がずっと嬉しかった。
ピー子さんは我が輩が止まっている木の枝まで来て、肩で大きく息を吐きながら真っ青な顔をしていたが、、やがて小さな声で我が輩に「済みませんでした」と頭を下げてから奥様の方に「ピーピーピー」と何回もお辞儀をしていた。
その翌日に御主人は奥様と2人で無花果にかぶせていた網を取り除いてしまいました。まだたくさん実がなっているのに…
我が輩は御主人様夫妻のお気持ちがいたい程伝わってきました。奥様は、この無花果の実が大好きなのに……
それがピー子さんにもよく伝わったのか、その後は奥様が大切にしている実には手を出さずに、残してくれた実だけを食べようと気を使っている様子が我が輩には手に取るように感じられて、ピー子さんにをあらためて好きになりました。
やがて秋風が立つ頃になり遠近(おちこち)に草の実や木の実が実るようになり、我が輩達も「ふけ田」の方に遊びに行っていっぱいに付いた草の実を食べたりした。青鷺(アオサギ)さんも長い首を延ばして我が輩達を見ているが、彼等は草の実は食べない。「ふけ田」に住んで居る昆虫や、人間様があまり好きではない「ザリガニ」などが好物の様だ。ほかにもう1羽いるが青鷺さんも縄張り意識が強くて2人、いや2羽が一緒には住めないらしく1羽は上の方にある「大池」と言う池に住んでいる。
また鮒(フナ)や泥鰌(ドジョウ)などを狙って翡翠(カワセミ)君達が4・5羽住んで居るが、彼等も自分のテリトリー(領域)は決まっていて決して他人の場所を犯す様な事はしない。人間の世界では他の国の領地を犯して争いが絶えず困ったものだと御主人様がこぼしていたが、それを考えると翡翠さんの方が数段利口だと言える。などと感心しながら餌を狙っている彼等をしばらく見ていた。
そのうち秋が来て次郎柿や富有柿も実を付けたが今年は何故か熟する前に皆落ちてしまって御主人様は困っているが、我が輩達も困る。第一、烏の勘太郎君が一番しょげている。けれどもピラカンサや南天の実は鈴生りに実り、飢える事なく2000年は暮れて新しく21世紀を迎えた。
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このお話は、本宮町に在住の正和さんという方の創作童話です。
正和さんの許可を得て、こちらに転載させていただくこととなりました。
今回のお話は、正和さんがお住まいの皆地(みなち)を舞台にした物語です。
皆地には皆地生き物ふれあいの里があります。
皆地いきものふれあいの里では、約20ヘクタールの敷地のなかに「ふけ田」と呼ばれる湿田や森林があり、約600種類もの動植物を観察することができるそうです。観察室、標本展示室を備えた「皆地いきものふれあいセンター」も併設。駐車場あり、入場無料。
和歌山県田辺市本宮町皆地の観光名所
(てつ)
2009.7.10 UP
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