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『熊野年鑑』現代語訳 堀河

堀河天皇

現代語訳

寛治元年 丁卯(ひのとう) 1087年

新宮庵主霊光庵(新宮の本願所であった修験寺院)が参内し、牛王を献上した。

寛治2年 戊辰(つちのえたつ) 1088年

熊野三山で桧皮葺き。燈明料をいただく。

寛治3年 己巳(つちのとみ) 1089年

熊野に勅使保実が入り、延喜例を問うた。

寛治4年 庚午(かのえうま) 1090年

熊野御幸で御本明神の歌が詠まれた。新宮の御前でも神変があった。

※この年に白河上皇が初めて熊野に御幸したが、このときは本宮のみで新宮には御幸していないので御本明神には立ち寄っていないと思われる。

風雅和歌集』には以下の後白河法皇が熊野御幸の際に「みもと」という所で詠んだとされる歌が収められているが、これは後白河院33度目の熊野御幸のときの歌とされるので寛治4年からおよそ100年後に詠まれた歌ということになる。

有漏(うろ)よりも無漏(むろ)に入りぬる道ならば これや仏の御本なるかな
(訳:煩悩に迷う状態から煩悩のない境地に入る道であるので、こここそ仏の御許であるにちがいない)

寛治6年 壬申(みずのえさる) 1092年

神宮へ南部国より神馬が入った。

寛治7年 癸酉(みずのととり) 1093年

8月7日に郁芳門院(いくほうもんいん:白河天皇の第1皇女)為天狗所投

嘉保元年 甲戌(きのえいぬ) 1094年

新宮へ鎌倉より神馬を納めた。

嘉保2年 乙亥(きのとい) 1095年

本宮が11月に炎上した。遷座(延久4年)より初めてのことであった。

永長元年 丙子(ひのえね) 1096年

7月に熊野で洪水、螺?が出て山が崩れた。5月に雹が降り、梅の実のようであった。

承徳 元年 丁丑(ひのとうし) 1097年

熊野で初めて円理という医者が入った。

長治 2年 乙酉(きのととり) 1105年

6月に北陸で紅の雪が降った。5寸ばかり積もった。

※黄砂が混じると赤みがかった雪が振ることがある。

原文

寛治 元

新宮霊光庵参内上牛王

二 戊辰

熊野三山桧皮葺賜燈明料

三 己巳

熊野勅使保実入問延喜例

四 庚午

熊野御幸御本明神ノ歌アリ新宮御前ニモ神変アリ

六 壬申

神宮ヘ南部国ヨリ神馬入

七 癸酉

八月七日郁芳門院為天狗所投

嘉保 甲戌

新宮ヘ鎌倉ヨリ神馬ヲ納

二 乙亥(きのとい

本宮十一月炎上迀坐ヨリ是始也

永長 元

七月熊野洪水螺出山崩五月雹如梅子

承徳 元

熊野始テ円理ト云醫入

長治 乙酉

六月北地紅雪降ル五寸計

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(てつ)

2023.4.7 UP
2023.6.1 更新

参考文献