『雨月物語』巻之四「蛇性の淫」現代語訳
1.出逢い 2.真女子の家 3.太刀 4.捕縛 5.再会 6.正体 7.再婚 8.道成寺
怪異小説の傑作『雨月物語』から新宮近辺を物語の主な舞台とする「蛇性の淫」を現代語訳してご紹介。
「蛇性の淫」現代語訳8 道成寺
豊雄はまた寝室を立ち出て庄司に向かい、「こんな情けない魔物が連れ添っているので、ここにいて人々をお苦しめ申し上げるのは、たいへん心苦しいことです。ただ今、暇をいただければ、娘の富子の命も無事でいらっしゃるでしょう」と言うのを、庄司はまったく承知せず、「私は武道の心得もあるのに、このように頼まれ甲斐がなくては、大宅の人々のお気持ちに対しても恥ずかしい。もっと考えましょう。小松原の道成寺(どうじょうじ:和歌山県日高郡日高川町にある)に、法海和尚といって貴い祈りの師がいらっしゃる。今は老いて部屋の外にも出ないと聞くけれど、私のためにならなんとしてでもお見捨てなさるまい」と言って、馬で急ぎ出発した。
道が遠いので、夜中頃に寺に到着する。老和尚が寝室を這い出て、この話を聞き、「それは情けなくお思いでしょう。今は老い朽ちて験があるようにも思われませんが、あなたの家の災いを黙っていられましょうか。まあ、お行きなさい。私もすぐに参りましょう」と言って、芥子(けし:加持や祈祷の際には、護摩壇に芥子が焚かれた。そのときの香は、息災、降伏などの功徳があるとされている)の香が染みついた袈裟を取り出して、庄司に与え、「かのものをやすやすとだまして近づけて、これを頭に打ちかぶせて、力を出して押し伏せなさいませ。力が弱いとおそらくは逃げ去るでしょう。よく念じて上手におやりなさいませ」と、親切に教える。庄司は喜びながら、馬を飛ばして帰った。
庄司は豊雄を密かに招いて、「このことをうまくやってください」と言って袈裟を与える。豊雄はこれを懐に隠して寝室に行き、「庄司がいま暇をくださいました。さあ、いらっしゃい。出発しましょう」と言う。
とても嬉しそうにしているのを、この袈裟を取り出して素早く打ちかぶせ、力いっぱい押し伏せたところ、「ああ、苦しい。お前はどうしてこれほど無情なのか。ちょっとここをゆるめてください」と言うけれど、ますます力を込めて押し伏せた。
法海和尚の輿がすぐさま入ってくる。庄司の人々に助けられてここに到着し、口のなかでぶつぶつと呪文をお念じになりながら、豊雄を下がらせて、あの袈裟を取ってご覧になると、富子が正気を失伏せっている上に、白い三尺余りの蛇がとぐろを巻いて身動きもしないでいた。
老和尚はこれを捕らえて、弟子が捧げている鉄鉢にお入れになる。さらにお念じになると、屏風の後より一尺ほどの小蛇が這い出てきたので、これも捕らえて鉢にお入れになり、あの袈裟でお封じ込めになり、そのまま輿にお乗りになるので、人々は手を合わせて、涙を流して敬い奉る。
寺にお帰りになって、堂の前を深く掘らせて、鉢のままに埋めさせ、永久に世に出ることを厳重に禁じられた。今もまだ蛇の塚があるとか。庄司の娘はとうとう病気になって死んでしまった。豊雄は無事生きながらえたと語り伝えている。
※道成寺
これにて「蛇性の淫」はおしまい。
蛇を捕らえた法海和尚は道成寺の僧。道成寺は、人間の女性が蛇に変じてしまう安珍清姫伝説で知られるお寺です。
(てつ)
2005.10.6 UP
2019.12.11 更新
参考文献
- 浅野三平校注『雨月物語 癇癖談』新潮日本古典集成22
- 青木正次訳注『雨月物語 下』講談社学術文庫