吉野・熊野・高野の3大霊場とそれらを結ぶ参詣道
世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道(きいさんちのれいじょうとさんけいみち)」。2004年7月7日に世界遺産登録されました。
世界遺産とはユネスコ(国際連合教育科学文化機関)という国連の専門機関が行っている事業のひとつです。世界的に見て価値のあるものを人類共通の財産として守ろう、そして未来に伝えようというものです。
ユネスコの目的は、教育、科学、文化を通じて世界の平和と安全に貢献することです。ですので、そのユネスコの事業である世界遺産も、その意義は当然、世界の平和と安全への貢献にあります。
ユネスコ憲章(ユネスコの基本方針を定めた文書)の前文には「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」という1文があります。世界遺産は人の心の中に平和のとりでを築くためのものなのです。
紀伊山地には、修験道の「吉野」、神仏習合の「熊野」、密教の「高野山」と、三つの異なる宗教の山岳霊場があります。それらの三大霊場とそれらを結ぶ参詣道は、 「神道と仏教のたぐいまれな融合」により生まれたものであり、「東アジアにおける宗教文化の交流と発展を示す」ものであると評価されて、世界遺産となりました。
世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の登録資産
霊場「吉野・大峰」・・・修験道の霊場
◎吉野山(よしのやま)
◎吉野水分神社(よしのみくまりじんじゃ)
◎金峯山寺(きんぷせんじ)
◎吉水神社(よしみずじんじゃ)
◎大峰山寺(おおみねさんじ)
霊場「高野山」・・・真言密教の霊場
◎金剛峰寺(こんごうぶじ)
・伽藍(がらん)地区
・大門(だいもん)地区
・奥院(おくのいん)地区
・金剛三昧院(こんごうさんまいいん)地区
・徳川家霊台(とくがわけれいだい)地区
◎慈尊院(じそんいん)
◎丹生官省符神社(にうかんしょうふじんじゃ)
◎丹生都比売神社(にうつひめじんじゃ)
霊場「熊野三山」・・・神仏習合の霊場
◎熊野本宮大社(くまのほんぐうたいしゃ)
◎熊野本宮大社旧社地大斎原(くまのほんぐうたいしゃきゅうしゃち・おおゆのはら)
◎熊野速玉大社(くまのはやたまたいしゃ)
◎熊野那智大社(くまのなちたいしゃ)
◎那智山青岸渡寺(なちさんせいがんとじ)
◎那智大滝(なちおおたき)
◎那智原始林(なちげんしりん)
◎補陀洛山寺(ふだらくさんじ)
参詣道
◎高野山町石道(こうやさんちょういしみち)
◎熊野参詣道(くまのさんけいみち)
・中辺路(なかへち)……熊野川(くまのがわ)、湯の峯温泉(ゆのみねおんせん)を含む
・小辺路(こへち)
・大辺路(おおへち)
・伊勢路(いせじ)……七里御浜(しちりみはま)、花の窟(はなのいわや)を含む
◎大峰奥駈道(おおみねおくがけみち)……玉置神社(たまきじんじゃ)を含む
世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の特徴
1. 道である
世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の特徴として、まず「道」であることが挙げられます。
「道」の世界遺産は、他にはスペイン・フランスの「サンチアゴへの道」があるのみ。「紀伊山地の霊場と参詣道」が世界2例目で、もちろん日本では唯一の「道」の世界遺産です。
2. 面積が広い
面積の広さも特徴のひとつです。和歌山・奈良・三重の3県29市町村にまたがり、コアゾーン(世界遺産の資産となる区域)とその周辺のバッファゾーン(緩衝地帯。資産周辺の環境や景観を保護するために、土地の利用に規制がかかる資産周辺の区域)を合わせた面積は約12000ha。文化遺産としては日本最大です(世界遺産には文化遺産・自然遺産・複合遺産の3種類があり、「紀伊山地の霊場と参詣道」は文化遺産。日本の23件の世界遺産のうち19件が文化遺産、4件が自然遺産。文化と自然の両方を兼ね備える複合遺産は日本にはなし)。
3. 文化遺産でありながら自然景観を資産として多く含む
また、文化遺産でありながら、滝や原始林や川や海岸、岩、温泉など自然景観を資産として多く含む点も特徴のひとつです。
紀伊山地の3つの霊場は、山岳宗教の霊場です。
吉野・熊野・高野山の紀伊山地の3つの霊場は、それぞれ、紀伊山地の自然のなかで育まれたものであり、紀伊山地の自然なしには山岳霊場たりえません。
「紀伊山地の霊場と参詣道」と紀伊山地の自然は一体のものであり、「紀伊山地の霊場と参詣道」を保全するには、紀伊山地の自然を保全しなければなりません。そのため文化遺産でありながら、「紀伊山地の霊場と参詣道」は自然景観を資産として多く含んでいます。
4. 3大霊場がそれぞれ異なる宗教の霊場である
そして、「紀伊山地の霊場と参詣道」の特徴で、私がもっとも重要だと思うのは、3つの霊場がそれぞれ異なる宗教の霊場であるという点です。
修験道の吉野、神仏習合の熊野(現在ではほとんど神道化しましたが)、真言密教の高野山。異なる3つの宗教の霊場が紀伊山地にある。それぞれがあるだけでなく、熊野本宮を中心として「参詣道」で結ばれている。このことはとても大切なことだと思います。
神と仏が敵対するのではなく、融合し、共存している。異なる宗教が敵対せずに共生している。この共生の文化こそが世界に誇るべき日本の文化遺産なのだと私は思います。
世界遺産について
世界遺産について改めて。
世界遺産とは現在を生きる世界中の人たちが未来に残さなければならないとした人類共通の財産です。その対象は有形の不動産のみで、世界的に見てすぐれた価値のある土地、建物や遺跡、自然などが世界遺産となります。
世界遺産は、国際連合の専門機関のひとつであるユネスコ(UNESCO、国連教育科学文化機関)が主催する事業です。ユネスコとはどういう機関なのか、ユネスコ憲章の前文は次のように宣言しています。
この憲章の当事国政府は、この国民に代わって次のとおり宣言する。
戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない。
相互の風習と生活を知らないことは、人類の歴史を通じて世界の諸人民の間に疑惑と不信を起こした共通の原因であり、この疑惑と不信の為に、諸人民の不一致があまりにもしばしば戦争となった。
ここに終わりを告げた恐るべき大戦争は、人間の尊厳・平等・相互の尊重という民主主義の原理を否認し、これらの原理の代りに、無知と偏見を通じて人種の不平等という教養を広めることによって可能にされた戦争であった。
文化の広い普及と正義・自由・平和のための人類の教育とは、人間の尊厳に欠くことのできないものであり、 かつ、すべての国民が相互の援助及び相互の関心の精神を持って、果たさなければならない神聖な義務である。
政府の政治的及び経済的取り決めのみに基づく平和は、世界の諸人民の、一致した、しかも永続する誠実な支持を確保できる平和ではない。よって、平和が失われないためには、人類の知的及び精神的連帯の上に築かれなければならない。
これらの理由によって、この憲章の当事国は、すべての人に教育の十分で平和な機会が与えられ、客観的真理が拘束を受けずに研究され、かつ、思想と知識が自由に交換されるべきことを信じて、その国民の間における伝達の方法を用いることに一致し及び決意している。
その結果、当事国は、世界の諸人民の教育、科学及び文化上の関係を通じて、国際連合の設立の目的であり、かつ、その憲章が宣言している国際平和と人類の共通の福祉という目的を促進するために、ここに国際連合教育科学文化機関を創設する。
(「ユネスコ憲章」前文)
「人の心の中に平和のとりでを築築かなければならない」。ユネスコの目的は、教育、科学及び文化を通じて、世界の平和と安全に貢献することです。
この機関の目的は、国際連合憲章が世界の諸人民に対して人種、性、言語又は宗教の差別なく確認している正義、法の支配、人権及び基本的自由に対する普遍的な尊重を助長するために教育、科学及び文化を通じて諸国民の間の協力を促進することによって、平和及び安全に貢献することである。
(「ユネスコ憲章」第1条1)
そしてそのユネスコの事業である世界遺産も、その意義はもちろん世界の平和と安全への貢献にあります。
ですので、世界遺産のある地域の住民は、自分たちが地域で行っていることが世界の平和と安全への貢献であることを意識する必要があります。世界遺産は不動産ですが、その周辺地域の住民は心のなかにこそ世界遺産を持たなければならないのです。
世界の平和と安全のために
世界の平和と安全のために熊野から何ができるのか。
いま世界に求められているのは異なる者たちとの共生、宗教や文化の異なる人々との共生や、人間以外の者たちとの共生であろうと思います。
熊野には異なる宗教を共生させてきたという歴史があり、そしてその信仰の底の部分には自然崇拝があります。
異なる文化の共生ということは、世界の未来にとって最も必要とされていることではないでしょうか。そして自然との共生ということも、地球上の様々な環境問題を解決するうえで必要とされている大切なことだと思います。
異なる文化の共生、自然との共生。それらのことをメッセージとして世界に向けて発することができる熊野は、世界にとってかけがえのない場所です。
私は熊野を、世界中の人々からそこに行きたい、そこで暮らしたいと憧れられる世界的な観光地、世界的な聖地にしたいと願っていますが、その願いは、世界の平和と安全に熊野から貢献したいのだという祈りでもあります。
熊野を、世界中から人々が集まり、他者との共生や世界平和を祈念する祈りの場にすることができたらと私は夢見ます。妄想のような夢かもしれませんし、私が生きている間にはその夢は実現できないかもしれません。
その大きな夢に対して、私自身は非力で、本当に小さなことしかできませんが、それでも私の行っていることは世界の平和と安全への貢献に、ささやかながらもつながっていくことなのだと私は確信しています。
(てつ)
2003.11.28 UP
2004.7.4 更新
2004.7.5 更新
2019.8.5 更新
2024.3.4 更新
参考文献
- 役場などで入手したパンフレットなど
- 国際連合教育科学文化機関憲章(ユネスコ憲章)/The Constitution of UNESCO:文部科学省